Ascocoryne cylichnium

Ascocoryne cylichnium

Ascocoryne cylichnium (Tul.) Korf.
ムラサキゴムタケ。12月14日撮影。

[特徴]
子実体は朽木上に普通は群生する。 初め丸い椀状、後に皿形、さらには凸形に反り返って開くが縁が波打って花弁状になる事も多い。直径 1-2.5 cm. までになる。 子実層面は赤紫色、平滑あるいはやや放射状に皺がある。外面もほぼ同色、平滑で僅かに粉状。粘性は無い。 柄は短いかあるいはほとんど無く中央付近でやや広く基質に固着する。比較的肉厚で全体が比較的硬いゼラチン質あるいは柔軟な革質。-- 子嚢は円筒形、8胞子を2列に生じ、頂孔はメルツァー液で青変する。180-250 × 9.0-12.0 μm. -- 側糸は糸状、隔壁がある。径 2 μm. 程度、先端は次第に膨らんで 3.5 μm. 程度になり、先端付近には淡赤紫色の泡状の内容物がある。-- 子嚢胞子は紡錘形でやや左右不対称、無色平滑。中央に球形核様の内容物がある以外は細かい泡状の内容物で満たされる。21-32 × 4.2-6.0 μm.、 初めは無隔壁だが後に 5-6 個の横隔壁を生じ、分生子を側面から直接生じる。分生子は亜球形、直径 2.0 μm. 程度で小さな油球を含む。 子嚢胞子は子嚢中でも発芽し、老熟した子実体では分生子で満たされた子嚢が観察できる。-- 托組織髄層は絡み合い菌組織、無色薄壁、径 18 μm. までの長いソーセージ形の菌糸からなり、ゼラチン質に包まれ所々に小さな赤褐色の結晶物が付着する。 外皮層との境界部付近はやや細い菌糸(径 6 μm. まで)の層があり、ややゼラチン化している様に見える事がある。 外皮層は厚さ200 μm. までの多角菌組織、やや丸みを帯びた 24 × 35 μm. までの淡赤紫色の細胞からなる。

[コメント]
秋から初冬にかけて湿り気の多い広葉樹の朽木上に普通に発生する。ムラサキゴムタケには近縁種が何種類か知られているが、 子嚢胞子に大きな油球が2(-4)個含まれる種(A. sarcoides、A. inflata 等)を除いた上で、いくつかのタイプに分けられる様に思う。 ヨーロッパでは A. cylichnium の不完全世代の子実体は見つからないとされるが、日本のムラサキゴムタケには近接して不完全世代が発生する事がある。 Ascocoryne 類の複数種(例えば A. cylichnium と A. inflata 等)が同一倒木上に混生する例は何回も観察しているし、 完全世代と不完全世代が同時に見つかってもそれが同一種とは限らないだろうから複数種の混生を同一視している可能性もあるが、 今のところ完全世代が混生している基質上で不完全世代の発生を確認した事が無いのも不思議である。 完全世代は肉眼的にも顕微鏡的にも明瞭な区別点を見出しがたいので、 「子嚢胞子の内容物は細かい泡状、側糸の先端は球状にはならない」種をひとまとめに「ムラサキゴムタケ」とした上で仮に次の4タイプに分けて、今後データを集めたい。

[タイプA]. 広葉樹生。不完全世代の子実体は自然状態では形成されない。(これが典型的な A. cylichnium。上記特徴はこれに基づく。)
[タイプB]. 広葉樹生。やや淡色の集合した粟粒状の不完全世代を伴う。
[タイプC]. 広葉樹生。棍棒状の不完全世代を伴う。
[タイプD]. 針葉樹(特にスギ)生。
[タイプB] と [タイプC] は近似種の不完全世代の混生かも知れない。[タイプD] は別種ではないかと思っている。

[タイプA,別図2] 11月4日撮影。

[タイプB] 11月21日撮影。不完全世代。 同時に発生する完全世代は [タイプA] との明瞭な区別点を見つけられない。子嚢胞子が隔壁を生じた後に球形の分生子を出芽する特徴も同じである。 不完全世代は粟粒が集合したような塊状で軟らかいゼラチン質、淡赤紫色、全体で 5-15 mm. 程に拡がる。 分生子柄は下半はやや厚膜で淡黄褐色を帯び、上半は頻繁に枝分かれしてほうき状になり先端に分生子を生じる。分生子はソーセージ形、無色、2.8-3.6 × 0.6-0.8 μm.
これは Ascocoryne inflata の不完全世代の特徴とほぼ一致するが、A. inflata の完全世代を同一の朽木上で確認した事は無い。
[タイプB,別図2] 11月9日撮影。こんな風に完全世代と不完全世代が隣接して生じる事も多い。

[タイプC] 11月9日撮影。完全世代とそれに隣接して生じた不完全世代。 完全世代は [タイプA] とほとんど区別できないが、やや小型で子実体の髄層に結晶物がほとんど見られない。子嚢胞子の発芽は確認できていない。 不完全世代は高さ 5 mm. 程度までの棍棒状でやや硬いゼラチン質、分生子柄は2叉分枝を繰り返す長紡錘形(12.8-14.5 × 2.0-2.8 μm.)で先端に分生子を生じる。 分生子はソーセージ形、無色、3.3-3.5 × 0.7-0.9 μm.
これは A. sarcoides の不完全世代と肉眼的にも似ているが、A. sarcoides の完全世代を同一の朽木上で確認した事は無く、京都付近では一番少ないタイプ。

[タイプD] 11月1日撮影。スギの伐採木に発生する物。特に木口面に多く発生し、単生あるいは少数が群生する。 典型的なムラサキゴムタケと比べると、子嚢胞子の大きさはほぼ同じ(20.6-28.6 × 5.1-5.8 μm.、内容物は細かい泡状)だが、 子実体はやや小型で肉厚が薄く、色はくすんだ感じでやや淡色、縁が細かい鋸歯状になる事がある、組織中に結晶物が見られない、等の違いがあり、 肉眼的にも少し違った印象を受ける。子嚢胞子の発芽を確認できていない。
[タイプD,別図2] 11月3日撮影。

[参考文献]
Roll-Hansen and Roll-Hansen (1979): Ascocoryne sarcoides and Asocoryne cylichnium : description and comparison. (Norw. journal of botany ; 26, p. 193-206).

[最終更新日: 2015.01.19]