Ciborinia gracilipes

Ciborinia gracilipes

Ciborinia gracilipes (Cooke) Seaver
キボリニア グラキリペス。3月13日撮影。

[特徴]
子実体は浅く地中に埋もれた菌核から生じる。一つの菌核から普通は1本、ホオノキ生のものでは時に3本ほどの子実体が発生する。-- 子嚢盤は初め椀状、後にはほぼ平らに開き、さらにはやや凸形になる。直径 4-10 mm.。子実層面は平滑、やや赤色ないし紫色を帯びた淡褐色、平開後はやや淡色になり、きつね色。 縁は全縁でやや濃色に縁取られる事が多い。外面はほぼ平滑、無毛、柄に向って次第に濃色になる。 柄は直径 0.3-1 mm. 程度、黒褐色、曲がりくねりながら次第に細くなって菌核に繋がり、菌核が地中深い場合は長さ 4 cm. 以上に達する。-- 子嚢は円筒形、先端は肥厚して頂孔はメルツァー液で青変する。8胞子を一列に生じる。97-115 × 6.0-8.6 μm. -- 側糸は糸状、隔壁があり、基部付近以外に分岐は認められない。直径 1.8-2.8 μm.、先端は僅かに膨らむ。殆んど無色あるいは淡赤褐色の内容物がある。-- 子嚢胞子は長卵形、無色、薄壁、平滑、8.5-11.4 × 4.0-5.4 μm.、両端に小さな油球がある。-- 子実下層は淡黄褐色、托髄層は直径 8-18 μm. の無色薄壁で隔壁部のくびれる菌糸からなる絡み合い菌組織、外皮層付近ではやや平行に走る。 外皮層は厚さ 60-100 μm.、ほぼ無色、球形や不整楕円形などの細胞からなり、細胞の直径は 12-30 μm. 程度。最外層の細胞はやや褐色を帯びる。-- 菌核は落下した花弁組織内に形成され、不整レンズ形ないし米粒形、初めは淡色でやや硬い水膨れ状。次第に黒化して花弁の腐敗によって脱落するものと思われる。 越冬した菌核は平たい押麦状、表面は黒色、平滑あるいは僅かに皺状、内部は材木色。コブシ上のもので長径 3-7 mm. 程度、ホオノキ上のもので 5-10 mm. 程度。 菌核内部はやや厚膜で殆んど無色の径 6-15 μm. 程度の球形や長円形等の細胞が充満し、寄主の維管束組織(導管)や細胞壁の名残を含む。

[コメント]
モクレン類の花弁に形成される菌核から発生するキンカクキン類。画像は植栽されたコブシ樹下に発生していたもの。 京都では3月末頃、コブシ (Magnolia kobus)、ハクモクレン (Magnolia denudata)、シモクレン (Magnolia liliiflora) の樹下の地上に発生する。 公園など、市街地に植栽されたコブシでも、地表が撹乱されていなければ比較的普通に発生する。 遅れて5月頃、ホオノキ (Magnolia obovata) の樹下に発生する。共に発生時期は宿主の開花時期とほぼ一致する。 それぞれに顕微鏡的な違いは殆んど無いが、ホオノキ上の菌のほうが菌核、子実体ともにやや大型になる。 ホオノキの花弁はコブシのそれより肉厚なので大型になるのだろうが、子実体はやや赤みが強いものが多いようで、少し異なった印象を受ける。
「検証キノコ新図鑑」(城川四郎著, 2017)に掲載されている仮称モクレンキンカクチャワンタケは、写真を見る限り同種と判断して良さそうに見えるが、 Ciborinia gracilipes ではなく、Sclerotinia 属の別種だとし、その根拠として「遊離菌核を地中に形成する」と記されている。 コブシの花弁には基部から先端に向かって放射状に伸びる維管束があり、横断面ではやや黄褐色を帯びた維管束組織が等間隔に並んだ点状に見える。 顕微鏡で観察すると、この部分には細胞壁がコイル状に肥厚した導管が束状に集まっているのがわかる。 この菌の菌核の横断面にも同様の褐色点状の組織([別図4]参照)が見え、そこには花弁と同じ特徴のコイル状の導管組織の名残が確認できるし、その他の部分でも宿主細胞の細胞壁の痕跡が確認できる。 上記図鑑の211ページに図示されている菌核(上側)の断面にも、不明瞭ながら同様の暗色の点があるように見える。 萩原ら (1999) はモクレンの花弁に発生する Ciborinia 属菌を三重県から報告している。 報告された子嚢盤の特徴は「淡褐色で椀状」と簡単だが、その菌核は 「外皮が黒褐色で髄部に宿主の維管束組織等を含み扁平で不整円状」 とあるので、おそらく同一種だろう。 少なくとも京都で春にコブシ等の樹下に発生する菌の菌核は宿主組織の残片を含むので、Sclerotinia 属ではなく Ciborinia 属と考えられる。 さらに、上記図鑑には 「アメリカの Ciborinia gracilipes は、葉柄に菌核をつくり ...」 ともあり、参考文献として Seaver の著書(出版年は 1978 とされているが、これは Lubrecht & Cramer によるリプリント版で、初版の出版年は 1951 年。本文内容は同じ)を挙げている。 Seaver (1951) は菌核について "From sclerotia on the petioles [葉柄] of Magnolia glauca" とし、 "Specimens in the herbarium of the New York Botanical Garden show excellent sclerotia and apothecia." とも記している。 (Magnolia glauca は和名ヒメタイサンボク、別名ウラジロタイサンボク。現在学名は M. virginiana とされている。 日本でも植栽されていて初夏に花を咲かせると言うが、まだ見た事が無い。C. gracilipes が発生するかどうかも知らないが、地面が清掃されていない植栽地であれば花期に調べてみる価値があると思う。) Batra (1960) には "parasitic in petals [花弁] of Magnolia glauca L." とあり、タイプ標本は不明とされているが、アイソタイプとされるミシガン大学の標本 MICH14741 は画像が公開されている。そのラベルには "Growing from a Sclerotium in decaying petals of Magnolia ..." とある一方、手書きで "Leaf with sclerotium" ともある。 標本はかさぶた状の菌核と思われるものが付着した複数の植物片で、画像で見る限りでは子実体は認められない。 植物片が葉なのか花弁なのか判別が難しいが、葉脈らしきものは見えない。ヒメタイサンボクの葉は、表面は平滑で比較的ツヤがあり、裏面は白い毛に覆われると言う。 標本の植物片は一部折れ曲がっていて両面を確認できるが質感や色調はほとんど同じで、花弁のように見える。少なくとも菌核が生じている部分は葉柄では無い。 Cooke の原記載 (Bulletin of the Buffalo Society of Natural Sciences ; 2(1875), p. 294) にも "On petal of Magnolia" とあり、 Seaver が言及しているニューヨーク植物園に保存されている複数の標本も Mycoportal で確認する限り、ラベルには "petal" と書かれている。 Seaver が petal を petiole と間違えたのかもしれない、とも思う。Seaver は子嚢盤の直径を 2-3 cm. ともしているが、これは 2-3 mm. の誤記だろう。 Batra (1960) による Ciborinia gracilipes の記載は子嚢や子嚢胞子がかなり小型なのが気になるし若干の疑問もあるが、今はこの学名を当てておく。 国外では韓国で採集されているようだが、アメリカでの最近の記録が不思議と見当たらない。 Le Gal (1953) がマダガスカルから Ciborinia gracilipes (Cooke) Le Gal として記録した種はおそらく別種だろう。 また別に Ciboria gracilipes (Karst.) Sacc. なる種があり紛らわしい。 なお、野呂ら (1985) は、コブシの環紋葉枯病菌 Cristulariella moricola が葉上に菌核を形成し、完全世代 (報文中では Sclerotinia sp.) は似たような形の子嚢盤を生じることを報告している。 この完全世代は現在は Grovesinia moricola (Hino) Readhead とされていて、褐色の子嚢盤を形成するもので、 「植物病原菌類図説」(全国農村教育協会, 1992, p. 153)に Grovesinia pyramidalis として図示されている。 環紋葉枯病菌は多犯性で様々な植物上にかなり普通に見られるが、子嚢盤の発生は比較的稀なようである。

[別図2] 5月19日撮影。ホオノキ樹下のもの。
[別図3] 7月28日撮影。ホオノキの花弁に形成された菌核。この菌核から子実体を発生させる事には失敗したが、C. gracilipes の菌核である事は間違いないと思う。
[別図4] 3月28日撮影。コブシ樹下の菌核の断面。花弁の維管束の痕跡が二つ、褐色の点状に見える。
[別図5] 4月11日撮影。コブシの花弁に形成された初期の菌核。径 4 mm. 弱。

[参考文献]
Batra (1960): The species of Ciborinia pathogenic to Salix, Magnolia, and Quercus. (American journal of botany ; 47. p. 819-827).
Johnston et al. (2014): Recommendations on generic names competing for use in Leotiomycetes (Ascomycota). (IMA fungus ; 5(1), p. 91-120).
Le Gal (1953): Les discomycètes de Madagascar.
Seaver (1951): The North American cup-fungi (inoperculates).
萩原ら (1999): モクレン類花弁の腐敗症状と発病株周囲の地表で採集された Ciborinia 属菌. (日本植物病理学会報 ; 65(6), p. 678).
野呂ら (1985): 自然条件下で形成された Cristulariella moricola の完全時代. (日本植物病理学会報 ; 51(3), p. 369-370).

[初掲載日: 2004.07.27, 最終更新日: 2020.04.20] // [サイトのトップへ] // [掲載種一覧表へ]
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