Protomyces pachydermus

Protomyces pachydermus

Protomyces pachydermus Thuem.
タンポポ浮腫病菌。5月9日撮影。

[特徴]
タンポポ (カンサイタンポポ)の葉や花梗に硬い水ぶくれ状の浮腫を生じる。 葉に発生する場合は主に裏面主脈上に長さ 1 cm. 程度でつやのある緑白色、 花梗の場合は上半に多く発生し、長さ 4-5 cm. 程度まで、やや赤みを帯びる事が多い。 共に屈曲することが多く、後には褐変して崩れる。浮腫組織中には厚膜胞子が散在するが、菌糸は認めにくい。-- 厚膜胞子は球形ないし亜球形でほとんど無色、平滑。40-52 × 34-45 μm.、膜は複層で 5 μm. 程度になる。内容物は泡状。-- 低温処理すると発芽して子嚢を形成する。厚膜胞子は一方が不規則に裂けて円筒形の子嚢が伸長する。 薄壁で先端はわずかに膨らむ事があり、96-162 × 20-32 μm.。内容物は淡黄褐色で始めは細かい泡状で子嚢上半に固まり、後に子嚢胞子が形成される。 子嚢胞子は多数、楕円形、小さい油滴が一個偏在する。3.0-3.8 × 2.6-3.2 μm.。子嚢先端が不規則に破れて放出される。

[コメント]
春、開花期のカンサイタンポポ (Taraxacum japonicum) に発生するが稀に晩秋に発生する事もある。セイヨウタンポポでの発生は確認できない。 → [2012.05.18 追記を参照] (セイヨウタンポポと在来タンポポは現在交雑が進んでいるらしい。ここでは萼片が反り返っているものをセイヨウタンポポ、 反り返っていないものを在来タンポポとし、関西に普通な在来種をカンサイタンポポとしておく。) 低温処理によって厚膜胞子が発芽するとの事なので、水に浸した状態で冷蔵庫に一年入れておいたものを湿らせたティッシュペーパー上に置いて室温で様子を観てみた。 36時間程度でほとんどが発芽し、4日目には子嚢胞子が放出される。

サイトに掲載するために調べていて驚いた。 生物多様性情報システムのサイトの絶滅危惧種情報によるとこの菌は絶滅危惧I類となっている。 「京都市で採集されたシロバナタンポポに発生したが、1955年の採集以降は報告がなく ... [略] ... 在来種のタンポポがセイヨウタンポポに駆逐され、寄主の激減とともに絶滅が危惧される。」とある。 この項は椿啓介博士の執筆だが、博士の著書「カビの不思議」(筑摩書房, 1995)には、 氏が Protomyces 属菌の培養を試みた際、この菌(この本では癌腫病とされている)が見つからず、 ある会合でその事を話したら京都大学の赤井重恭教授から速達でタンポポが届いて感激した、というエピソードが記されている。 椿博士の論文(Mycologia ; 49, p. 44-54)には使用した試料として "Protomyces pachydermus Thuemen ... Hab. On Taraxacum platycarpum. Prov. Kyoto (S. Akai, May, 1955)" とあるので これが送られてきた標本だろうが、1955年の採集以降は報告が無いという事はこれが最後の記録ということか。 (ただし、Taraxacum platycarpum はカントウタンポポでありシロバナタンポポ(T. albidum)ではない。) 椿博士は、「プロトミセス菌による植物の奇形」(冬虫夏草 ; 14号(1994), p. 4-6)にも 「かって赤井重恭先生が京都で採集してくださったもの以外には見ていない。」と書いている。 椿博士が探したのはおそらく東京付近だろうから、関東では当時から少なかったのかもしれないが京都では稀とは思えない。 念のため、鴨川沿いや京都御所などでタンポポを調べてみた。在来タンポポが少なくなっているという話は良く聞くが、 郊外ではまだまだ残っていて、そこでは浮腫病が比較的普通に発生していた。しかし、疑問な点がある。 日本ではどうやらセイヨウタンポポ (T. officinale)には発生しないようで、それが減少の一因ともされている。 確かに京都でもセイヨウタンポポには発生は見られず、寄主は在来種のタンポポに限られるようだ。 しかし Dennis によれば、イギリスではセイヨウタンポポに発生しきわめて普通な種だという。 なぜ日本の菌はセイヨウタンポポに発生しないのだろうか。

[2012.05.18 追記]
一昨年(2010年)、セイヨウタンポポ(萼片の反り返るタンポポ)に発生しているのを初めて見た。 それ以降、毎年発生している。今年はかなり多くの地点で発生を確認できた。 2006年にはかなり広範囲に調査したけれど感染したセイヨウタンポポは見つからなかったし、少しづつ拡がってきているような印象を受ける。 浮腫は花梗に多く発生し米粒大からアズキ粒大になるが、葉には殆んど発生が見られない点がカンサイタンポポの場合と若干異なる。 浮腫病菌がセイヨウタンポポに対する感染能力を獲得したのか、それともセイヨウタンポポと在来タンポポの交雑の結果だろうか。 あるいはセイヨウタンポポ上の浮腫病菌は新たに外国から移入してきたものだろうか。

[別図2] 5月12日撮影。カンサイタンポポの花梗に発生した物。
[別図3] 5月12日(2012年)撮影。セイヨウタンポポの花梗に発生した物。

[参考文献]
伊藤 (1964): 日本菌類誌. 第三巻, 第一号.
Dennis (1981): British Ascomycetes. Rev. ed.

[初掲載 2006.07.24; 最終更新: 2012.05.18]