Pseudotulostoma japonicum

Pseudotulostoma japonicum

Pseudotulostoma japonicum (Y.Otani) I.Asai, H.Sato & Nara
コウボウフデ。9月23日撮影。

[特徴]
細卵形のつぼと、綿くず状の頭部を持つ柄からなる。 つぼは大半が地中に埋もれ、地中部は汚黄色ないし黄褐色、地表部は時に紫褐色を帯び、表面は僅かに微毛状、3-4 × 2-3 cm.、周囲に顕著な菌糸束は無く、植物の細根と思われるものがまとわりつく。 殻皮は厚く、密に絡み合った菌糸からなり、後に上部が破れて柄が伸長する。 柄は青灰色、円柱形、6-11 × 1.2-1.8 cm.、中実、表面は繊維状、硬く、軽い木質、径 4-6.5 μm. 程度の菌糸からなる。 成長と共に頭部が綿くず状にほぐれて拡がるが、柄との境界は不明瞭。内部に大量の子嚢胞子が散在する。 弾糸は径 2.5-5 μm.、隔壁がある。不規則にやや厚膜になる部分があるが、環紋状ではない。-- 子嚢は観察できていない。-- 子嚢胞子は球形、灰褐色、厚膜、表面は微細な疣状に見える。径 8.2-9.8 μm.

[コメント]
林内地上に散生あるいは少数が群生する。秋頃、コナラやアラカシ等の雑木林内で採集しているが、比較的稀。 全体に水分が少なく、柄はバルサ材のようなサクサクした感じの繊維状木質で、子実体の寿命は長い。 子嚢が早期消失性のため、長らくその存在が確認されないままケシボウズタケ等に近い担子菌類だと思われていたキノコ。 弾糸は環紋状の肥厚部を持つとする文献もあるが、少なくとも私の採集したコウボウフデには明瞭な環紋は見られない。 大谷 (1960) は、九州産の菌はやや小型で脚苞の外面は短毛の密生が著しくビロード様の感触はより著しい、としている。 この記述の基となった九州産の菌について、平田 (1958) は、柄は乾燥後の測定値で径 5-7 mm.、柄と胞子塊の間は明瞭に境されているものがある、と記している。
コウボウフデの学名について、気になったことがいくつかある。 コウボウフデは、川村清一が Dictyocephalos japonicus と命名し、大谷吉雄が Battarrea 属に移し、浅井らによって現在の Pseudotulostoma 属に移された、とされる。 コウボウフデ Dictyocephalos japonicus Kawamura が記載されたのは、川村の没後1954年に出版された原色日本菌類図鑑(第7巻, p. 723)で、 英文と和文で書かれている。 大谷 (1960) の新組合せの記述部分は以下の通り。
Battarea japonica (Kawam.) Otani comb. nov.
Syn. Dictyocephalos japonicus Kawamura
Asai et al. (2004) の新組合せの記述部分は以下の通り。
Pseudotulostoma japonica (Kawamura) Asai, H.Sato & Nara, comb. nov.
Dictyocephalos japonicus Kawamura, Icones of Japanese Fungi (=S. Kawamura's Genshoku Nihon Kinrui Zukan) 7: 723-725, 1954.
 = Battarrea japonicum (Kawamura) Otani, Trans. Mycol. Soc. Jpn 2(15): 11-13, 1960.
まず、正字法等で気が付いたこと。
大谷は属名に "Battarea" の綴りを使っている(英文標題中でも "Battarea" となっている一方、本文中では "Battarrea" となっている。意図的なものかどうかはわからない。)が、 "Battarrea" と綴るのが正しいとされている (Taxon ; 37, p. 463, 1988)。この属名はイタリアの司祭で菌類学者の Giovanni Antonio Battarra に因むが、 Persoon の記載 (Synopsis methodica fungorum, 1801) では "Batarrea" と綴られている。 人名を属名にする場合は、人名が -a で終わる場合は -ea を付加して作るのが本来なので、造語上は Battarraea と綴るべきだが、 過去の文献では Batarrea, Battarea, Battarrea, Battarraea, Battaraea の表記があるという。この綴りの揺れと正字の問題については Coetzee and Eicker (1992) が詳しい。 そして、人名から作られた属名は女性名詞なので、浅井らにある "Battarrea japonicum" の種形容語は "Battarrea japonica" と変化させるのが正しい。 また、大谷の論文の掲載巻号を 2(15) としているが、日本菌学会会報に掲載されたのは2巻4号である。その11ページの上部には出版日が "1960, II-15" と印字されているので、 混同したのではないかと思う。ただし、この日本菌学会会報の出版日表示もまた誤記であり、正しくは9月15日 (IX-15) である。
次に、-stoma で終わる語は中性なので、 Pseudotulostoma に続く種形容語の語尾は japonicum と変化させるのが正しい。 これらは訂正可能な誤記だし、最近出版された図鑑(例えば 「日本のきのこ」 増補改訂新版. 山と溪谷社, 2011. や 「地下生菌識別図鑑」 誠文堂新光社, 2016.)でも語尾は訂正された形になっている。
さて、川村は、1934年に齋藤知賢氏によって福島県で採集された標本と、1941年矢田部武雄氏によって茨城県で採集された標本を基に記載し、 福島県産を図示しているが、ラテン記載をしていない。1935年から2011年までに発表された学名はラテン記載が必要(ICN 深圳規約, 39.1)なので、これは正式発表にはならない。 また、川村は明にタイプ標本の指定をしていない。 (コウボウフデの標本を含む川村の菌類コレクションは没後廃棄されたので、Asai et al. (2004) で2003年に採集された福島産標本がネオタイプに指定されている。) 大谷は1957年11月の日本植物病理学会北海道部会で新組合せ Battarrea japonica (Kawamura) Otani を提唱(日本植物病理学会報 ; 23(1), p. 58)し、後にラテン記載をつけて発表(大谷, 1960)している。新組合わせの発表なので、タイプ指定は無い。 ICN 深圳規約の第41.5条には新組合せについての規定がある。以下に日本語版から引用する。
1953年1月1日以後は、新組合せ、新ランク名、または置換名は、その基礎異名または被置換異名 replaced synonym が明示され、かつその著者および正式発表の場、 すなわちページまたは図版の引用、および日付が十分かつ直接的に引用されない限り、正式発表されていない。(ただし第41.6条および第41.8条をみよ。) 2007年1月1日以後は、新組合せ、新ランク名、または置換名は、その基礎異名または被置換異名が引用されていない限り、正式発表されていない。
大谷 (1960) は基礎異名を明示しているが、「著者および正式発表の場、すなわちページまたは図版の引用、および日付」に関しては、 参考文献一覧の中に "川村清一; 日菌図鑑, 7: 723-725 (1954)" と挙げているのみで、直接的な引用ではないように見える。 そもそも Dictyocephalos japonicus Kawamura は正式発表されていない。この新組合せは、正式発表されていないことになるのでは、と思う。 そうだとすると、浅井ら以前に正式発表されたコウボウフデの学名は無いことになるので、新学名は Pseudotulostoma japonicum Kawamura ex Asai, H.Sato & Nara と引用するのが正しいのではないだろうか。さらに Asai et al. (2004) も、学名が発表されたページではなく、記載論文全体の引用となっている。 そうすると、浅井らの学名もまた無効名のままなのではないか、と思える。 コウボウフデの学名について 「日本産菌類集覧」 (勝本, 2010) は、Pseudotulostoma japonicum (Y.Otani) I. Asai, H.Sato & Nara の形で (nom. inval.) としていて、 この著者引用形でコウボウフデを紹介しているサイトや文献も幾つかある。 また、Index Fungorum や MycoBank は Pseudotulostoma japonicum (Kawam. ex Otani) I.Asai, H. Sato & Nara としている [2022.01.07 閲覧確認]。 ICN 深圳規約の第46.5条には、「帰属させられた著者名 [この場合は Kawamura] は、"ex" を後ろにつけて発表者である著者名の前に挿入してよい。」 とあるので、この両学名の著者引用の意味することは同じと考えていいだろう。 括弧の使用法については 「基礎異名を持つ学名の著者の引用は、括弧に入れた基礎異名(第6.10条)の著者名をその学名自体の著者名の前に置くことで行う」(ICN 深圳規約, 49.1)とある。 この場合 Otani は基礎異名の著者、ということになるが、基礎異名 basionym とは、「新組合わせまたは新ランク名が基づく既に発表された合法名」(ICN 深圳規約, 用語解説 p. 179)である。 規約のこの部分の解釈が正しいなら、「日本産菌類集覧」 等が Otani を括弧に入れて引用しているのは、Otani (1961) の学名を正式発表と認めている、と言うことだろう。 つまり "Battarrea japonica" という学名は、非合法名をもとに "comb. nov." として発表され、 1958年以後の発表に必要なタイプ指定もなされていないけれども、大谷が(新組合せではなく)新しくラテン記載した学名として正式発表と認められる、と言うことなのだろうか。 命名規約をあちこち参照しながら読んでいるのだが、細かい所の理解がなかなか進まず、うまく説明が繋がらない。 ともかく Dictyocephalos japonicus Kawamura が非合法名であることは確かだと思うので、 「日本産菌類集覧」 にある "(Y.Otani) I.Asai, H.Sato & Nara" の著者引用形を使用しておく。 (おそらく私の解釈がどこか間違えているのだと思う。ご指摘いただければありがたいです。)

[別図2] 9月23日撮影。柄が伸び始めた幼菌。

[参考文献]
Asai et al. (2004): Pseudotulostoma japonicum, comb. nov. (=Battarrea japonica), a species of the Eurotiales, Ascomycota. (Bull. Natn. Sci. Mus., Tokyo, Ser. B ; 30(1), p. 1-7).
Coetzee and Eicker (1992): Batattea, Battarrea, Battarraea or ...???. (Mycologist ; 6(2), p. 61-63).
大谷 (1960): コウボウフデについて. (日本菌学会会報 ; 2(4), p. 11-13).
平田 (1958): 日向尾鈴山産のコウボウフデ. (宮崎リンネ會報 ; 15, p. 1).

[初掲載日: 2022.02.01] // [サイトのトップへ] // [掲載種一覧表へ]
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