同じ証紙を異なる出版社が使っている例(1)出版社の合併や社名変更

証紙に印刷されている出版者名と、奥付にある出版者名が違っている例は案外多い。
吸収合併や社名変更後に旧来の社名の証紙を使っている場合が大半であり、第二次世界大戦末期の書籍によく見られる。
国家総動員法に基づいて昭和18年2月に公布された出版事業令により出版社の統合が強行され、半年ほどで出版社は半分以下になっている。
あまりに急な統廃合であり、すでに紙や印刷インキも不足している状況で在庫の証紙を使わざるを得なかったのだろう。

[1] 大東書館
喜田博士追悼記念國史論集 / 東北帝國大學國史學會. 大東書館, 1942. より。
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検印を押しているのは代表者の古田良一。証紙には KOYO SHOIN とあり、高陽書院の証紙である。
この本の奥付にある大東書館の住所と代表者は「神田區小川町 3-8 森山讓二」である。
高陽書院は、1941年刊の「高度國防經濟論」の奥付に拠ればその住所と代表者は「神田區小川町 3-8 今泉訓夫」とあり住所が同じである。

[2] 芝園書房
人間の反逆 / 楢橋渡. 芝園書房, 1960. より。
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証紙は実業の世界社のものである。奥付によると、芝園書房と実業の世界社の住所は同じである。

[3] ニュース社
東條尋問録. ニュース社, 1949. より(左)。証紙には「新紀元社」とあり新紀元社と同じである。
新紀元社の証紙例(右)は アンコール遺蹟. 新紀元社, 1943. より。
nyusu nyusu

[4] 養徳社
養徳社は1944年、天理時報社出版部が甲鳥書林、六甲書房、朱雀書林、古書通信社を吸収合併して設立された。設立当初の出版物にはしばしば旧来の証紙が使われている。
以下の例はすべて「養徳社」が 1944 年に発行した書籍の証紙。
日本哺乳動物史 / 直良信夫(左)、國文秘籍解説 / 佐々木信綱(中)、緬甸の自然と民族 / 中島健一(右)
kocho rokko suzaku
また、養徳社が 1961 年に使っている証紙(左、楚辞の研究 / 星川清孝)は、天理時報社が 1943年に使っていた物(右、中村直三傳 / 奥村正一)と同じである。
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[5] 増進堂
増進堂は敞文館が改称したもの。詩の用と批評の用 / 岡本昌夫. 増進堂, 1944. より。奥付には、「舊稱 敞文館」とある。
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[6] 工業圖書株式會社と産業圖書株式會社
構造力學提要 / 久保田敬一. 工業圖書株式會社, 1943.(左)と 人口食糧政策の發展形態 / 阿部源一. 産業圖書株式會社, 1947.(右)より。
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[7] 目黒書店
1945年の出版物に育英書院の検印証紙が使われているものがある。日本文藝學論攷 / 吉田精一. 目黒書店, 1945. より。
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[8] 我觀社と眞善美社
大學今昔譚 / 三宅雪嶺. 我觀社, 1946.(左)と 日本マニュファクチュア史論 / 服部之總、信夫清三郎. 眞善美社, 1947.(右)より。
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