コナール版個人文学全集はちょっとシャレてる

最近の紙ではあまり見ないが、ちょっと古い紙(洋紙)には透かしが入っているものがある。
紙に透かしを入れるようになった詳しい歴史は知らないけれど他の工業製品のように製造者名を印刷表示する事は出来ないし、
かといって全くの無印では具合が悪いだろうから目立たない印を商標として入れるようになったのだろうと思う。
1900年ぐらいより以前の紙を透かしてみると紙を漉く時にできるすだれのような模様があってその中に文字や絵が明るく透けて見える。
模様の部分がわずかに薄くなっていて明るく透けて見えるので白透かしとも言われる。
日本の紙幣に使われている透かしは図柄が逆に濃く見えるので黒透かしと言われるが、この透かしは日本では許可なく製造する事は法律で禁止されている。
古い洋書のページを透かしてみると何ページおきかに透かしが見えることがある。
1500年代とか1600年代といった古書だとこの透かしを手掛かりとして製作者や製作過程を推定したりもするので
透かしの研究書も多く出版されているし専門のサイトも幾つかある。
そんな古書でなくても1900年代前半程度の本でも時に透かしを見つけることができる。
会社名そのものが書かれているものもあるし、ロゴや様々な図案が描かれている事もあるが透かしの性質上、あまり複雑な模様は描けない。
ブドウの房、チューリップ等の花、王冠や紋章、犬だか猫だか分らないヘタクソな獣 ... 等々、専門知識が無くても眺めるだけで結構楽しくて、
古い本を手に取るととりあえず本のページを透かして見るのが職業上身についてしまった癖だ。

1900年代前半頃、モーパッサンやフローベル等の個人全集を出版したルイ・コナール (Louis Conard) というフランスの出版社がある。
全集自体は大部なものでは40巻にも及ぶ立派なものだが出版されたままのものは製本がやたら簡素である。
もともとフランスなどでは購入者が自分の好みに合わせて製本をする伝統があるからだが、日本の文庫本よりもチャチな感じがする。
本の天地も切り揃えられていないので、折りたたまれた各ページは一見袋とじのようになっていて(フランス綴じと言われる)
購入者に手間を丸投げしている手抜き製本のように見えなくもない。
(その代わりに後で丁寧に製本されたものには工芸品と言っても過言ではないようなものがある。)

で、モーパッサンの全集である。モーパッサンの死後間もなく出版された全集のページを例によって何気なく透かして見て「おや」と思った。
Maupassant
筆記体で何か文字が書かれている。今までに見たことのないタイプの透かしだ。
製紙業者の標語かな、何と書いているのだろう、と思って眺めていて気が付いた。Guy de Maupassant と読める。
モーパッサン (Guy de Maupassant, 1850-1893) の名前を透かしに使っている。しかも調べてみると、自筆と同じ筆跡だ。

コナールが出版した他の全集も見てみた。すると
Balzac
バルザック (Honore de Balzac, 1799-1850) 全集の透かし。かなり読みにくいけれど、これも自筆署名だ。

Flaubert
フローベル (Gustave Flaubert, 1821-1880) 全集の透かし。

Vignyt
ヴィニー (Alfred de Vigny, 1797-1863) 全集の透かし。

Baudelaire
ボードレール (Charles Baudelaire, 1821-1867) 全集の透かし。
どれも作家の自筆サインを原版に使って透かしを作っている。この紙は個人全集を作るために特別に抄かれた紙なのだ。
手抜き、などと思って申し訳ない。製本され直しても残る箇所にさりげない手間をかけているのがちょっとシャレてると思った。

(2009.04.08 記)