ハーパーの秘密

図書館で働く事になった最初の頃、本の事は何も知らなかった。
別に本が好きで図書館員になったわけではないから当然だが(今でも本を読むことはどちらかといえば嫌いだ。)
タイトル、版表示、出版事項などのいわゆる書誌情報の読み取り方を諸先輩方にあれこれと尋ねては教わった。
洋書では標題紙やその裏などに重要な情報が表示されるのが普通なので、そこにある表示の意味が分らない時は何でも聞いていたのだが、
そんな頃、周囲の誰も分らないことがあった。
ハーパー (Harper) という出版社がある。1817 年創業と言うから随分老舗のアメリカの出版社で、何度かの合併等を経て今は HarperCollins となっている。
そのハーパーが出版した本の標題紙の裏には、日本の図書の奥付に当たるような事柄が例えばこんな風に書かれている。

Harper

タイトル、著作権年、著作権者、印刷地、権利主張、無断に複製できない旨の表示、出版社、版表示と続いていて、これらは直ぐに理解できる。
そして最下行には "K - L" と意味不明の記号が書かれている。
これは何の記号ですかと質問する私に、誰も首を傾げていた。
ついに明確な答えは得られず、とりあえず目録を作成するという仕事上は関係ない、ということで済まされてしまい、
気にはなったもののその時はそのままになった。
その後、ハーパーの出版物を立て続けに何冊か処理した時にふと気付いた。
右側の記号は同じ年に出版されたものには同じ文字が付いている。
これは出版された年を表しているのではないか?
幾つか調べて年代順に並べてみると
1913=N, 1914=O, 1915=P ... 1925=Z ; 1926=A ... 1934=I, 1935=K, 1936=L ... 1950=Z ; 1951=A ... 1968=S. となっている。
間違いなく印刷年をアルファベットに変換して表示している。(後刷りの場合は出版年ではなく印刷年を表示している。)
実見できたものでは 1913 年の N が最も古く、1968 年の S まで確認できた。 (この間でも時に表示が無いものもある。)
J は使われていないが、これは元来ラテン文字には無かった文字だからだろう。
V や W も後からできた文字だから J,V,W の3文字を除いた23文字で表すのが本来かもしれないが
J のみを除いて25文字にすれば4巡で 100 年になり区切りがいい。
この記号を使い始めたと思われる 1913 年に A からではなく N を使っているのも、1901 年を A として 2000 年にちょうど4巡して Z で終えるつもりだったろう。
そうすると左側の記号は何だろう。1913 年のある例では「Published in October 1913. K-N」とある。
左側の文字も J が無いのは同じだが、A から M までの12文字しかない。これはどうやら月を表しているようだ。
画像で例示した "K - L" というのは 1936 年 10 月印刷ということなのだ。
表にしてみるとこうなる。

出版年 (1913年から1968年までの全ての年に亘ってこの記号が実際に使われている事を確認したわけではありません。)
A B C D E F G H I K L M N O P Q R S T U V W X Y Z
. . . . . . . . . . . . 1913 1914 1915 1916 1917 1918 1919 1920 1921 1922 1923 1924 1925
1926 1927 1928 1929 1930 1931 1932 1933 1934 1935 1936 1937 1938 1939 1940 1941 1942 1943 1944 1945 1946 1947 1948 1949 1950
1951 1952 1953 1954 1955 1956 1957 1958 1959 1960 1961 1962 1963 1964 1965 1966 1967 1968 . . . . . . .

出版月
A B C D E F G H I K L M
Jan. Feb. Mar. Apr. May June July Aug. Sept. Oct. Nov. Dec.

はは~ん、わかったぞと思ってからはちょっと古いハーパーの本を見るとこの記号をチェックしている。
この表示がいつから始まっていつまで続いたのか等の詳細を記した文献を知らないのだが、1968年一杯で終わったようだ。
December 1968 を表す M-S の記号を確認しているし、1969 年以降は印刷年表示は別方式(数字の列を消していく方式)になっている。
一方、開始時期は確定できていない。1912 年 10 月出版の本で使われていない例を確認しているので本格的に使われるのはこれ以降だろう。
一般的におよそ 1900 年頃の出版物から "First edition" とか "First published in 19xx" 等と明示される事が多くなり、著作権年表示も明確になってくる。
出版年とは別に印刷年をこっそりと記録しておくハーパーの工夫もそれに伴うものだったのだろう。
別に秘密でも無いだろうし、図書館員よりも例えば古書店関係者等には良く知られたことなのかもしれないが
陸奥A子の漫画「ハーパーの秘密」を読んだ時に「そうそう、ハーパーの本にはこんな事があったっけ」と思った。

***
私は 1913 年以前や、1968年以降を表す記号 (あるとすれば 1912年 = M, 1911年 = L ...、あるいは 1969年 = T 等となっているはずです。)の実例をまだ見た事がありません。
もしその表示のある本をご存知の方は御一報頂ければ嬉しいです。

(2009.06.12 記)