Ciborinia camelliae

Ciborinia camelliae

Ciborinia camelliae Kohn
ツバキキンカクチャワンタケ。3月19日撮影。

[特徴]
子嚢盤は落花したツバキの花に形成される菌核から単生あるいは数本程度発生する。初めは椀形、後にはほとんど平らに開き、中央は臍状に窪むことが多い。 子実層面はくすんだ飴色、縁は全縁、外面はやや白っぽく微粉状で細かい放射状のしわがあることが多い。径 10-20 mm. 程度の物が一般だが大きな子実体では径 35 mm. 以上になる。 柄は径 1-2 mm. 程度の紐状、菌核が地中深いところにあると曲がりくねって 10 cm. 近くまでになるが普通は 4-5 cm. 程度まで。-- 子嚢は円筒形、先端は肥厚し、頂孔はルゴール試薬で青変し、基部にはかぎ型構造がある。8胞子を一列に生じる。115-160 × 8.5-12 μm. -- 側糸は糸状、基部付近で分岐し、隔壁があり径 1.5 μm. 程度、先端はわずかに膨らみ 3.0 μm. までになり、細かい泡状の内容物がある。-- 子嚢胞子は楕円形ないし長卵形、時にやや左右不対称、無色、薄壁、平滑、両端近くに少数の油球状の内容物がある。9.0-13.0 × 4.5-6.4 μm.、薄い膜状の被膜がある。-- 子実下層は淡褐色を帯び、托髄層は無色薄壁の絡み合い菌組織、各細胞は長ソーセージ形で曲がりくねり、直径 8-18 μm.、外皮層境界付近ではやや平行に走り、やや細めになる。 外皮層は厚さ 200-450 μm.、円形菌組織あるいはやや丸みを帯びた多角菌組織、ほぼ無色(最外層ではやや褐色を帯びる)で薄壁、各細胞は径 8-25 μm.、表面からは時に短い棒状の細胞が立ち上がる。-- 菌核は平たい押し麦状、径 5-15 mm.、厚さ 1-2 mm. 程度で弾力のあるコルク質。表面は黒色、殆んど平滑でつやは無く、厚膜で黒褐色の多角形細胞から成る。 内部は材木色、寄主の細胞壁が一部残り、その内部や空隙を径 2.5-4.5 μm. の無色でやや厚膜の菌糸が密に絡み合って埋めている。

[コメント]
春、ヤブツバキ (Camellia japonica) の樹下に発生し、早いものは1月頃から発生する。 地表が撹乱されてなければ庭等に植えられたトウツバキ系を含めた各種園芸品種のツバキの樹下にも比較的普通に発生する。 菌核は落花の萼の内側あたりに固着していることもあるが、寄主から脱落して腐植中や地中に埋もれていることが多い。 文献では寄主としてサザンカも挙げる。サザンカは京都附近には自生しないので植栽されているものしか調べていないが、子実体をまだ見たことが無い。 発生時期が異なるのか、あるいは庭園などでは樹下が掃除されていることが理由かもしれない。松倉ら (2023) は、サザンカ自生地では確認されなかった、としている。
この菌の学名の経緯は Kohn and Nagasawa (1984) にも解説があるが、少しややこしい。 原が1919年に "山茶(椿)の菌核病" として Sclerotinia camelliae Hara と命名記載したのが最初とされ、 その原記載は Kohn and Nagasawa (1984) や Index Fungorum 等、多くの文献が大日本山林會報436号に掲載された報文としている [Index Fungorum では雑誌名ローマ字表記は "Dainippon Sanrin Kwacho"、巻号も "463" と誤記されている。 なお、ツバキの漢名は "山茶" で、"椿 [チン]" は本来中国ではチャンチンを指す]。 原自身が1927年に出版した 「實驗樹木病害篇」 の "山茶の菌核病" の項でも文献として "大日本山林會報四三六 大正八年三月" を挙げている。 この報文には発見の様子が記されているので、下に引用する。旧字体は新字体に改めた。
予が屋後に一本の古き八重咲の白山茶(源氏?)ありしが近年に至り毎年花期に於て花は霜害に罹りたるが如き状を呈し早く落下し大に其美観を損ぜり 本病は恐らく菌核病なるべしとは想像したれども多くの菌核病に於けるが如き「モニリヤ」胞子様の形成もなく只僅に病花の基部に甚だ繊細なる菌糸を認めたるに過ぎざりし。
然るに大正六年夏期より該山茶は葉枯死して落下し始め同七年春季に至り全く枯死するに至れり 而して同年同期即ち四月に至り其樹下附近にキツネノハンタケに似たる菌茸の発生するを実見し之れを丁寧に掘り取り検したるにこれは意外にも年来疑問を有しつゝありし山茶の花腐病の菌核より生ぜし子嚢盤なりし こは山茶の蕾又は花中に菌核を生じこれより発生したることは前年の花蕾が尚ほ残存せる事実に徴して敢て疑を入るゝの余地なかりしなり。
原はツバキの菌核病菌について、この年(大正8年 = 1919)に複数の雑誌に報文を寄せていて、 Kohn and Nagasawa (1984) は上記報文の他に "On Sclerotinia camelliae nov. sp. Eingeinotomo 15: 385-388" を挙げている ["Eingeinotomo" は、「園藝之友」 の翻字ミス]。 伊藤 (1965) も、この二つの報文を挙げているが園藝之友所収の報文を主と考えていたようである。 大正8年に発表された原の報文で確認できたものを、上記報文も含めて発表日の早い順に挙げる。なお、日付は掲載誌の奥付等に記載された発行日に拠る。
(1). 1919.2.25: 山茶の菌核病. (静岡縣農會報 ; 256, p. 10-11).
(2). 1919.3.15: 山茶(椿)の菌核病に就て. (大日本山林會報 ; 436, p. 29-31).
(3). 1919.5.5: 山茶 {椿} の菌核病に就て. (農事新報 ; 13(5), p. 17-18).
(4). 1919.6.5: 山茶の菌核病 = On Sclerotinia Camelliae nov. sp. (園藝之友 ; 15(6), p. 385-388).
各報文の構成はほぼ同じで、発見の経緯、病徴、病原菌の特徴、防除法からなり、文面もほぼ同じである。目立った違いとして、 (1) には Sclerotinia 属菌の類似種との具体的な比較が無いが、(2)(3)(4) には Sclerotinia libertiana、Sclerotinia tuberosa との相違点の言及があり、 (4) には子嚢盤、子嚢、側糸、子嚢胞子の図が添えられ、文中に "本論文を章するに際し文獻に就き教示を受けし逸見農學士に感謝の意を表す。" の謝辞がある。 学名に関しても、誤植があったりするものの、基本的には同じで "故に新種を認定し之れに、Sclerotinia Camelliae Hara nov. sp. と命名せり。" [例として大日本山林會報の記述から引用] の一文のみである。 強いて言えば、後に発表されたものほど詳しい印象を受けるが、最初に発表された静岡縣農會報の報文が他より優っていると思われる点が、ただ一箇所ある。 それは、他の報文には無い標本データの記載 "大正七年四月二十一日岐阜縣惠那郡川上村にて採集" がある点だ。 これは大日本山林會報にある子実体の発見場所(川上村は原の生地)と発見日 "同年同期即ち四月" とも一致する。 大日本山林會報よりも発行が半月ほど早い静岡縣農會報の報文が優先されない理由がよく判らないが、少なくともこれは記載に使用した標本の一部と考えられる。 Kohn and Nagasawa (1984) は、検討した原の標本を "Japan: Honshu: Shizuoka: K. Hara, V. 1913 [TNS-209284 (Holotype of Sclerotinia camelliae Hara)]" と引用している。国立科学博物館標本・資料統合データベースの同一標本番号のデータは "Holotype. 岐阜県、1913.5、K. Hara" で、採集地が異なっているのが気になる。そして、この採集年にも疑問がある。 原が最初に子嚢盤の発生を確認したのは、上記どの報文に拠っても大正7 (1918) 年である。 病気の発生は以前から気付いていた様だが、静岡縣農會報にも "子実体を採集すべく注意を払って居った結果遂に、昨年に至り菌核を形成し、其菌核より子実体を抽出することを発見 ..." と記しているので、1913年に子嚢盤を別に採集していたとは思えないし、仮にツバキキンカクチャワンタケと気付かずに採集していたとしても、それをタイプ標本に指定するのは不適当だろう。 標本ラベルの表記状態が不明なので判断できないが、"1913" は "1918" の誤認かも知れないと思う。
なお、山本 (1959) はこの学名を "Sclerotinia camelliae Hara, Dendropath. Spec. part 50 (1925), nom. seminud." として挙げ、ラテン記載がないとして再記載している。 この 「樹病學各論」 は未見だが、1935年以前に発表された学名はラテン記載がなくても有効なはずである。
次に Hansen and Thomas (1940) が、カリフォルニアでツバキに発生するキンカクキン類を発見し、新種 Sclerotinia camelliae Hansen & Thomas と命名した。 報文には英語の記載文があるが、1935年から2011年まではラテン語の記載が必要なので、正式発表とはされない。 後に原がすでに類似の菌を記載していることを知り、Thomas and Hansen (1946) で子嚢胞子の計測値等が異なるものの、同種だと判断している。 Thomas and Hansen (1946) によれば、彼等に原の報文の存在を知らせたのは当時宮崎高等農林学校教授だった日野巌で、その報文は大日本山林会報と實驗樹木病害篇である。
Kohn (1979) は、Sclerotinia camelliae Hara のホロタイプ (TNS-209284) を検討した上で両種を別種と判断し、 アメリカ産の菌を Ciborinia camelliae Kohn と命名、ラテン記載し、ホロタイプ (CUP-58248) を指定をした。 原の標本の保存状態が良くないために Kohn は托組織の詳細な観察ができなかったようで、Kohn が検討した標本 CUP-058098 (ex TNS-Hara 209284 Holotype) に付された彼のアノテーションノート [リンク先は MyCoPortal] には "There are no globose cells in the extal excipulum of the apothecium ... This species belongs in a separate, undescribed genus in the sclerotiniaceae. cfr. moelleodiscus." とある。 そして、Kohn and Nagasawa (1984) で新鮮な材料も含めて再検討が行われ、両者は同種と結論付けられた。 Ciborinia 属には既に合法名 C. camelliae Kohn があるために原の種形容語 camelliae は使えず、Kohn の学名が有効名とされている。 (もし、Ciborinia 以外の属に移される場合、その属に camelliae 種が無ければ、原の camelliae が復活することになるのではと思う。)
吉見 (1979) は、ツバキノミチャワンタケの名で報告し、学名を Sclerotinia camelliae Hara forma macrospora Yoshimi とした。 吉見の子嚢胞子の計測値は 12-13 × 6-8 μm. で、原の計測値 8-11 × 4-5 μm. や Kohn and Nagasawa (1984) の新鮮な子嚢胞子の計測値 9-12 × 5-6 μm. と比較するとひとまわり大きく、 後に吉見・高山 (1986) では 10-(12)-14 × 6-9 μ. としている。 吉見標本の採集地(仙洞御所)の生品を何度か調べたが、有意に子嚢胞子の大型な子実体には出会えない。変異の範囲と考えても良いと思う。 因みに、吉見(ローマ字表記は "Yoshimi")が提案した "forma macrospora" にはラテン記載が無く、正式に発表された学名ではないが Index FungorumMycobank、 日本植物病名目録 (日本植物病理学会編, 2025.2) のいずれも著者名が何故か "Yoshima" となっている。
和名は、ツバキノミチャワンタケ (吉見, 1979)、ツバキノガクタケ (布村, 1980)、ツバキノキンカクキン (きのこの見分け方 / 今関六也監修. 学研, 1986)、 ツバキノキンカクチャワンタケ (神奈川県立自然保護センター報告 ; 6, p. 64, 1989) 等がある。 ツバキキンカクチャワンタケの初出文献を確認できないが、「日本のきのこ」(山と溪谷社, 1988. 担当著者は大谷吉雄)だろうか。大谷 (1983) では、ツバキノガクタケを使用している。

[別図2] 3月10日撮影。
[別図3] 3月20日撮影。

[参考文献]
Kohn (1979): A monographic revision of the genus Sclerotinia. (Mycotaxon ; 9, p. 365-444).
Kohn and Nagasawa (1984): A taxonomic reassessment of Sclerotinia camelliae Hara (= Ciborinia camelliae Kohn), with observations on flower blight of camellia in Japan. (Transactions of the Mycological Society of Japan ; 25, p. 149-161).
Otani (1979): Notes on some interesting cup-fungi in Tsukuba Academic New Town. (Bulletin of the National Science Museum. Series B, Botany ; 5(2), p. 51-60 + 1 plate).
伊藤 (1965): 日本における樹病学発達の展望 -日本樹病学史- (II). (林業試験場研究報告 ; 181, p. 1-196).
今関・本郷 (1989): 原色日本新菌類図鑑 (II). 保育社.
大谷 (1983): 筑波研究学園および隣接山地のきのこについて. (筑波実験植物園研究報告 ; 2, p. 521-522).
布村 (1980): Sclerotinia camelliae の採集記録とその和名について. (日本菌学会会報 ; 21, p. 521-522).
松倉ら (2023): ツバキ菌核病菌ツバキキンカクチャワンタケのツバキ属樹種自生地における生息密度と宿主選好性. (樹木医学研究 ; 27(4), p. 187-193).
山本 (1959): 日本における菌核病菌科の種類. (日本菌学会会報 ; 2(2), p. 2-8).
吉見 (1979): ツバキノミチャワンタケ. (日本きのこ図版 ; 1027).
吉見・高山 (1986): 京都のキノコ図鑑. 京都新聞社, 1986.
* Index Fungorum、Mycobank、MyCoPortal、国立科学博物館標本・資料統合データベースの最終閲覧確認日は 2025.3.20 です。

[初掲載日: 2004.06.25; 最終更新日: 2025.03.22] // [サイトのトップへ] // [掲載種一覧表へ]
All rights reserved. Copyrighted by Masanori Kutsuna, 2025.