城水兼太郎 (1863-1925) の経歴を、名前が見える資料から年代順にいくつか挙げる。
「日本帝國文部省年報」第8 (1880) に兵庫県の学務課吏員として。
「自由黨黨報」37号 (1893) に自由党大和支部の常議員として。
「大日本新聞史正鑑」 (1894) に奈良県で発行された新聞「近畿自由」(新大和社、1893年「新大和」から改題)の主筆として。
「官報」3719号 (1895.11) に「大和經濟雜誌」編集発行人として。
1899年に結成された小作条例期成同盟会の発起人の一人。(「日本近代史辞典」など)
「廣告大福帳」10号 (1904) の全国新聞史一覧に「新大和」(「近畿自由」は1894年11月に「新大和」に復題)の主筆として。
「苦學實驗物語」 (松尾正直著, 1917) に、大正4~5年、京津日報主筆だった著者が
"同紙の前主筆は、曩に東京讀賣新聞主筆たりし城水兼太郎氏" と記している。
確認したのは城水兼太郎編纂「小學校用 兵庫縣管内地誌要略」。国立国会図書館デジタルコレクション公開本。和装、上下巻2冊。
上巻見返しは "神戸師範學校三等教諭 冨津龜三郎校閲 城水兼太郎編纂 | 小學校用 兵庫縣管内地誌要略 全二冊 附圖一冊 | 版權免許 播攝 教育書房藏"。
下巻奥付は以下の通り。
版權免許 明治十六年八月八日 定價金三拾錢
編輯人 佐賀縣士族 城水兼太郎 當時大阪府西區江戸堀北通四丁目拾四番地寄留
出版人 兵庫縣平民 藥師寺夘兵衛 播磨國明石郡中町六十七番屋敷
出版人 兵庫縣平民 舩井政太郎 摂津國神戸區元町通五丁目貮拾五番屋敷
奥付丁ウラは "管内諸國弘通書林" 一覧があり、末尾に "播磨明石 文林堂 摂津神戸 弘文堂 板" とある。
検印紙は本文最終丁と奥付丁の間に綴じ込まれていて、本文紙葉と同じ大きさ、画像では二つ折りではなく半丁分に見え、裏は白紙。
唐草模様の枠があり、枠上辺に "檢印紙"、右辺に"富潤屋"、左辺に "德潤身"、枠内上部に "製本以之為証"、
中央に "明治十六年 | 西海士印章 | 七月以降" とあり、左下に "兩●逸出書籍發兌之章" の角印が押されている。
さらに、右上に切手大の証紙が貼られている。
証紙は楕円枠に沿って "TAИABA"、"白水漁夫之章"、左右に,"●"、"紫" と書かれた花模様、中央に "SITK"、"誠德" とある。
割印は "白水漁夫之章" の角印。
同書は近代書誌・近代画像データベースで神戸大学附属図書館社会科学図書館所蔵本、住田文庫近代,5A-352-(1.2) が公開されている。
国会図書館本では検印紙は奥付丁の前にあるが、住田文庫本では奥付の後ろにあり、書誌注記によれば "ウラ表紙のウラが検印紙になっている"
とあるので、全面が裏表紙に張り付けられているのだと思う。
高画質ではないがカラー画像で公開されているので色も確認できる。検印紙全体は青色で印刷され、証紙の印刷は辛子色に見える。
なお、上巻見返しには "全二冊 附圖一冊" とあるが、国会本、住田文庫本ともに独立した付図は無いようである。
検印紙と証紙の字句を一つづつ見ていく。
"富潤屋德潤身": 「大学」伝六章の句 "富は屋を潤し、徳は身を潤す"。財産が増えると家が立派になり、人は徳を積むと品が備わる、の意味。
"西海士": 不明。出版人のどちらか、あるいは二者を指すのかもしれない。
"兩●逸出書籍發兌之章": 不明。判読が間違っているかもしれない。"●" は "肥" か?
"TAИABA": 不明。"И" は "N" の誤記かと思うが、"タナバ" だとしても意味不明。
"白水漁夫之章": 不明。割印も同じ。城水兼太郎の号か。
"●"、"紫": 不明。左側の文字が判読できない。
"SITK"、"誠德": アルファベットは "誠徳" の読み(Se I To Ku)のイニシャルだろうか。
出版人の藥師寺夘兵衛は文林堂主人、舩井政太郎は弘文堂主人。
教育書房について実体が良くわからないが、明治期の出版物に比較的頻繁に現れる。
アドレスは下記の通り。[最終閲覧確認日: 2025.12.20]
「小學校用 兵庫縣管内地誌要略 下巻」.
[国立国会図書館デジタルコレクション リンク先 https://dl.ndl.go.jp/pid/765899]
「小學校用 兵庫縣管内地誌要略」.
[近代書誌・近代画像データベース リンク先 https://kokusho.nijl.ac.jp/kindai/SUMI-00243]
[2026.01.10 記]
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