松岡彪の詳しい経歴を調べられなかったが、
明治17年3月7日の兵庫県会議事録(「兵庫縣々會日誌 第五號」)に体操伝習のため上京した人物として書記松岡彪の名がある。
明治22年頃には奈良県尋常師範学校(「奈良教育大学史」 p.64)の、明治30年頃には熊本師範学校の教師(「熊本師範学校史」 p.554)だったようだ。
井上円了著「南船北馬集」第三編(「井上円了選集」12巻所収)の明治41年6月8日の項には "[熊本県]上益城郡視学松岡彪氏" とある。
確認したのは松岡彪編纂「小學體操書」。国立国会図書館デジタルコレクション公開本。和装、1冊。
見返しは "松岡彪編纂 | 小學體操書 全 | 版權所有 船井弘文堂蔵版"。
奥付は以下の通り。
明治十九年二月十六日 版權免許 定價金拾八錢
仝 年四月十七日出版
編纂人 兵庫縣士族 松岡彪 播广国飾東郡五軒邸百十七番屋敷
出版人 兵庫縣平民 船井政太郎 摂津國神戸區神戸元町通五丁目二十五番屋敷
發行所
神戸元町通五丁目 船井弘文堂本店
摂津御影 船井弘文堂支店
大阪備後町四丁目 吉岡平助
検印紙は奥付上部に貼られている。
四隅に "弘文書屋"、上段に "書籍發賣所"、中央に "兵庫縣下神戸元町通五丁目"、下段に "船井政太郎"。
割印は角印、判読できない。
「みなと元町タウンニュース」 (324-325号) に連載された岩田照彦「書店の話 25-26. 船井弘文堂 1-2」 に拠れば、
船井家は地元神戸の走水村時代からの代々の名主の家柄で、政太郎が船井弘文堂を創業したのは明治13年。
後には新聞販売も行っていたとされ、明治30年代まで刊行物が確認できる。
アドレスは下記の通り。[最終閲覧確認日: 2025.12.20]
「小學體操書」.
[国立国会図書館デジタルコレクション リンク先 https://dl.ndl.go.jp/pid/860097 ログイン必要]
[2026.01.10 記]
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