検印エピソード. 小島政二郎著「明治の人間」(鶴書房, 昭和41年)

小島政二郎の随筆「食ひしん坊」(雑誌「あまカラ」に連載、後に文藝春秋新社刊)に、検印のエピソードがある。
「あまカラ」184号 (1966.12) から抜粋する。
 随筆集「明治の人間」を出版してくれた鶴書房の編輯局長は、大門八郎といふスマートな人だ。
大門さんのお嬢さんは八穂さんといって、光塩女子学院の高校生である。高岡寺にある。盗んで来たいほど可愛いお嬢さんだ。
 鶴書房は風変りな出版社で、近頃はどこの出版社でも奥付の検印は廃してゐるのに、ここだけは、是非検印をしてくれといふ。
検印紙まで著者の好きなやうに作ってくれた。
 しかし、私のところには、今検印の押し手がゐない。さういって断ったところ、どうしてもしてくれといって承知しないのだ。
 困ってゐると、大門さんのお嬢さんが押してやるといふ。私は喜んだ。百や千ではないのだ。万といふ数なのだ。
本が出来上って奥付を見ると、どの検印もピタリの眞中に形を正して押してあった。
見事さに私は見蕩れずにゐられなかった。大変な神経の使ひ方をしてくれたのが目に見えるやうだった。
「出版年鑑」等に拠れば、1926年創業の元文社が1941年に鶴書房に改称、1979年に倒産したようだ。
鶴書房の名前は知っていたし、何冊か奥付を実見したこともあった。
検印紙は出版社の名が入った普通のもので、著者の好みに合わせたものではなかったはずだが...。
私が知っていた鶴書房の 検印紙 は、このデザインのもの。(富野敬邦著「国家と大学」 (1943.3.10) より)
富士山と鶴が描かれ、"聳千秋"、"鶴書房刊" とある。"聳千秋" はおそらく乃木希典の漢詩の冒頭 "崚嶒冨岳聳千秋" に拠るもの。
左下隅には小さくサインのようなものがあるが、判読できない。
これと同じデザインで青色、緑色のものもあり、改称当時から1950年代後半までは使用が確認できる。

戦後の鶴書房の出版物は調べたことがなかった。「明治の人間」は1966年9月20日に出版されていて、
手近で現物を参照できなかったので、国会図書館デジタルコレクションで確認した。
検印紙は数枚の葉と、3房のブドウが描かれ、下部に "明治の人間/検印紙" と記されている。
検印は、小島の俳号である燕子楼の一字 "燕" の丸印が押されている。
鶴書房の他の出版物を調べてみると、他にも著者の好みに合わせたものと思われるものがあった。
気が付いたものを出版順に示す。
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ミヤコ蝶々著「女ひとり」 (1966.5.15) -- 蝶。"ミヤコ蝶々著/女ひとり 検印紙用箋" とある。目次末に "イラスト 榎本茂子氏 / 検印篆刻 小田切草雲" とある。
長谷川幸延著「味の芸談」 (1966.6.10) -- ?何がデザインされているのかよくわからない。
小浪義明著「キャバレー太閤記」 (1966.7.1) -- 鳥。"キャバレー太閤記 検印紙用箋" とある。本文中のイラストを描いた滝谷節雄氏による。
川本敏雄著「木と石のデザイン」 (1966.7.25) -- 木と石。
串田孫一著「あるきながら たべながら」 (1966.9.10) -- 向かい合う人物。本文のカット絵を描いた辻まこと氏による。
古谷綱武著「若き日をどう生きるか」 (1966.9.10) -- 花。ヒナゲシか。おそらく本文イラストと同じ池田柘氏。
水谷八重子著「松葉ぼたん」 (1966.9.20) -- 花。おそらくマツバボタン。奥付には "松葉ぼたん/検印紙" とある。
小島政二郎著「なつかしい顔」 (1967.1.31) "政"。おそらく小島本人の筆。
中村是好著「小品盆栽」 (1968.4.1) "小品盆栽"。扉題字と同じ、小田切草雲の筆。目次末に "検印篆刻 沖本常吉" とある。
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他にもあるだろうが、1966年に集中している。
そして、小島が書いている "近頃はどこの出版社でも奥付の検印は廃してゐるのに、ここだけは、是非検印をしてくれといふ" というのは少し実情と異なる。
小沢丘著「剣道 : 習い方と上達法」 (1957.5.20) には、奥付に "著者との協定により検印省略" と印刷されていて、
少なくとも1950年代には他の出版社と同様、鶴書房も検印を略して出版し始めていて、1960年代にはむしろ無検印の方が増えている。
鶴書房の出版方針に何か変化があったのだろうか。上に挙げた本は、装幀に工夫を凝らしたものが多い。
検印の篆刻者も明記するなど、検印や検印紙までも著者の心が行き届いた "良い本" を目指していたのかもしれない。

[2026.01.10 記]
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