那珂通世 (1851-1908) は東洋史学者。
「支那通史」は和装、四巻、5冊。第三巻のみ上下2冊となっている。
第一巻の見返しは "那珂通世編 | 支那通史 | 東亰 中央堂發兌"。
第一巻奥付は以下の通り。
明治二十一年九月一日印行 版權所有
同 年九月八日出版 定價金五十銭
編者 東京府士族 那珂通世 神田區小川町四十一番地
発行兼印刷者 東京府士族 宮川保全 日本橋區通塩町八番地
發行所 東京 中央堂 同所
枠外右下に "支那通史一之巻" とある。
検印紙
は第三巻下を除く各巻の奥付上部に貼られている。30 × 30 mm.、版面 27 × 27 mm.、紫褐色単色、目打ち無し、平版に見える。
四隅に "中央堂章"、円形枠の中に洋書、帙入りの和書、羽ペン等が描かれている。割印は "那珂證印" の丸印。
この検印紙は明治28年頃まで使用されている。
発行者の宮川保全 (1852-1922) は数学者で、共立女子職業学校(現共立女子大学)創立者の一人。
出版人としては、中央堂を経営し後に大日本図書出版取締役となった。
なお、野間清治著「私の半生」(1936) 等、名前に "ほぜん" と読み仮名を振る記事も多いが、
これは人の名前を音読する、戦前に多かった慣習によるものだろう。
「日本現今人名辞典」(1900) では "やすのり"、「日本数学者人名事典」(2009) では "やすとも" とされている。
どちらが正しいのかわからないが、存命中に出版された "やすのり" が妥当なのでは、と思う。
[2026.03.10 記]
All rights reserved. Copyrighted by Masanori Kutsuna, 2026.