調査したのは大槻文彦編「言海」。洋装。言わずと知れた日本初の近代的国語辞書。
最初は4分冊で刊行された。調査本は1冊に製本されているもの。
奥付は以下の通り。
第一册(お以上)明治二十二年五月五日印刷 同月一五日出版
第二册(自か至さ)同二十二年十月廿五日印刷 同月三十一日出版
第三册(自し至ち)同二十三年五月廿五日印刷 同月三十一日出版 ["し" は変体かな Unicode:1B048]
第四册(つ以下)同二十四年四月十日印刷 同月二十二日出版 定價金六圓 版權所有
著作権發行者 東京府士族 大槻文彦 府下下谷區上根岸町百三十番地
印刷 印刷局
賣捌所 東京日本橋通四町目 牧野善兵衞
同 同通貳丁目 小林新兵衞
同 大阪心齋橋通北久寶寺町 三木佐助
検印紙
は奥付上部、飾り枠内に貼られている。方形、39 × 36 mm.、版面 30 × 26.5 mm.、目打あり、平版に見える。
黒枠に淡あずき色の地模様、"ことばのうみ ウリダシテガタ すりだし の かぶぬし おほつきふみひこ" とある。["こ" は変体かな Unicode:1B038、"す" は Unicode:1B04F]
割印は "たひらのふみひこ" の角印。
文彦は、明治15年にかな書きを推進する団体 「かなのとも」 を起こしていて、この検印紙や検印にもかなを使用している。
割印に平姓を使っているのは、大槻家の始祖が平氏だからである。
昭和24年には1000版を重ねたと言われる「言海」の総発行部数がどれくらいになるのか知らない。
後年の刷りには検印紙は貼られていないが、秀英舎印刷の第二版には同じ検印紙と割印がある。
検印紙を貼るのも、押印するのも大変な労力だったと思う。
なお、検印紙が貼られた奥付の裏ページに、割印の朱の一部が付いているものがある。
表側に押された朱が裏まで染みたものではないことは、場所が異なることから明らかである。
これは、検印紙の貼られた奥付の紙葉が製本される前にまとめて割印が押され、その奥付がまとめて重ねられていたことを意味すると思う。
割印作業を楽にするためだと思うが、手順の詳細はわからない。
[2025.08.30 記]
All rights reserved. Copyrighted by Masanori Kutsuna, 2025.