最近知った言葉 ”びしゃん”

リーダーズ英和辞典を引いていて、ある言葉に目が留まった。
Bush-hammer びしゃん "打面がぼつぼつの石材表面仕上げ用の槌" 「びしゃん」は bushhammer の発音転訛」とある。
聞いたことないなあ。説明だけではどんなものかもちょっと想像付きにくかったが、調べてみると肉叩きの様なトンカチである。
これで石の表面を細かく叩いてややざらついた感じの表面に仕上げるらしいが、bushhammer が訛って「びしゃん」ってどうかと思う。
ドンマイが Don't mind. の転訛だと知ったときはなんだかショックだったし、直角を測る道具のスコヤが square の転訛だというのもすごいけれど
ブッシュハンマーがびしゃんになるというのはそれ以上の驚きだ。昔の日本人の耳ってそんなに外国語が聞き取れなかったのかと悲しくなるが
そういう私も最近流れていたオルビスのコマーシャルでモデルのはなさんが言っていた「050-050」(オーファイブオー、オーファイブオー)が
何度聞いても「おっぱいぼーん、おっぱいぼーん」と聞こえていたから他人事ではないのだが。
それはともかく、いったいいつ頃できた言葉なのだろう。この「びしゃん」という単語は国語辞典には全くと言っていいほど出てこない。
大辞林、広辞苑、日本国語大辞典など、語彙数を誇る大型辞典にも収録されていない。
外来語辞典も幾つか調べたがやはり収録しているものは少なく、角川外来語辞典 (1967年) では同様に bushhammer の音変化としている。
英和辞典類では冨山房の大英和辞典(1931年)が Bush-hammer の訳語として「げんのう」を挙げているが、
英和建築語彙(丸善、1919年)には、すでに「びしゃん槌」の訳語があてられている。
さらに遡って中村達太郎著「日本建築字彙」(1906年)には見出し語「びしゃんどん」の説明として、
「石面仕上げ道具の一にして方錐形の突起を多く有しそれにて石面を敲き痘痕仕上げとなすもの。又其仕上げ石面をもいふ。(英 Bush hammer)」とある。
まだ遡れるとは思うが、びしゃんどんがより古い形だろう。これが Bush-hammer の転訛なのか?最後の「どん」はいったい何だろう。
英仏辞典で Bush-hammer を引くとそのフランス語は boucharde(発音は [buʃard]、カタカナ表記ではブシャードが近い)とある。
そこで新スタンダード仏和辞典を引き直すと訳語として「びしゃん」を挙げている。びしゃんはフランス語から来ているのではないだろうか。
Boucharde - びしゃんどん - びしゃん の方が Bush-hammer - びしゃん より転訛の流れとしては自然な感じがする。
明治時代、鉱山技術や建築などの分野ではフランスから招かれて指導をした技師も多かったし、フランスで土木技術を学んだ留学生も多い。
その辺から広まった言葉という可能性もあるのではないだろうか。

(2007.07.23 記)