チャイ・コフスキー

京都高島屋の地階にピロシキ屋があり、妻が時々ピロシキを買ってくる。
その場で揚げてくれるピロシキは「発酵中にチャイコフスキー "花のワルツ" を聴かせて作るとまろやかな味になりました。」と銘うっている。
ワルツの影響でまろやかになってるのかどうかは疑問だけれど、確かに皮はもちもちしているし、具もおいしい。
ほかの店のピロシキはあまり知らないし、まして本場ロシアのピロシキなど食べた事無いのだが好物の一つである。
ピロシキをほおばりながら同封された説明書きを呼んでいるとチャイコフスキー を "Chai-kovskii" と綴っているのに気がついた。
「あれ、チャイコフスキーの名前ってこんな所で切れるのか?」と疑問に思った。(下図参照)
Chaikovskii
注: チャイコフスキーはロシア人なので原綴は Чайковский である。ローマナイズすると Chaikovskii, Tchaikovsky 等となるが、以下適宜使い分ける。
----
ロシア人の姓の最後に -ский (スキー) とつくのが多いのは知っているし、これが 「-(出身)の」と言う意味の接尾辞だというぐらいは想像がつく。
-ков (コフ)で終わる姓も多いが イワノフ、ゴンチャロフ、アンドロポフ などと思いつくままに並べると、共通部分は -ов (オフ)の部分だけである。
どうやらこの部分が接尾辞だろう。意味上は Chaikovskii (Чайковский)は Chaik-ov-skii (Чайк-ов-ский)と切れるのではないか。
調べてみると、チャイコフスキーはポーランド、ウクライナ系の姓のようだ。ポーランド語では Czajkowski と綴り、特に珍しい姓ではない。
Czajka というのはポーランド語ではタゲリという鳥のことである。
タゲリはピンとはねた冠羽が特徴的なカモメほどの鳥である。ユーラシアに広く分布し、日本でも繁殖記録はあるが一般には冬に飛来する冬鳥だ。
-ow は一般に地名を作る接尾辞ということだ。実際に Czajkow という地名もある。
Czajkowski というのはいってみれば 「タゲリ町出身者」というような意味だろう。
ロシア語では Чайка はカモメである。ちょっと違うが鳥の名前には変わりはなく、「鴎町出身者」という事になる。
どちらにしても、Chai- で切るのは意味をなさず、変な気がする。

もう1つ、単語の切れ目について分綴法というのがある。
一語を二行に分けて書かざるを得ない場合、どこで切ってもいいのではなく、基本的には音節にしたがって切る必要がある。
---
こんな具合である。International (国際的な)という単語を二行に分ける時には Inter-
national と改行するのはいいけれど、Intern-
ational とすることはできない。でも、internship (インターンシップ) は intern-
ship と改行するのが正しい。
---
英語でたとえば father は fa-ther で mother は moth-er と切れる、といった具合で簡単そうだが門外漢には難しい。
ドイツ語では backen は bak-ken となるなど、単にハイフンをいれるだけではすまない場合もある。
(もっとも、1998年施行のドイツ新正書法では ba-cken とするように変わったようである。)
チャイコフスキーを英語の辞書で調べてみると、研究社のリーダーズ英和辞典では Tchai-kov-sky と切っている。
リーダーズプラスも含めて -sky で終わっているロシア系の姓を調べてみると、-コフスキーはすべて -kov-sky と切っている。
しかし -ovsky がすべて直前の子音をつけているかというとそうではない。
Malinovsky, Rodion Yakovlevich, 1898-1967 (ソ連の軍人)は、Ma-lin-ov-sky だが、
同じ発音の Malinowski, Blonislaw, 1884-1942 (ポーランド生まれの人類学者)は、Ma-li-now-ski となっている。
なにか規則がありそうだが、よくわからない。では本家ロシア語ではどうなっているのだろう。
手近なロシア語の辞書をいくつか見てみたが音節の区切りや分綴法を示しているものは無く、分綴法を解説した日本語文献も少ない。
ロシアで出版されたマニュアル類も調べたが Чай-ков-ский と切れそうである。
だがそもそも分綴法というのは一語を二行に分ける時の規則である。説明書きは一行に書いている語にハイフンを入れているのである。
一行で書く以上ハイフンは必要なく、やはり変だと思う。それとも何か特別な意味を持たせているのだろうか。
ロシア語で Чай と綴るとお茶の事になる。何かその辺にひっかけているのかも知れない。
ここまで考えてピロシキ屋に聞いてみた。答えはあっさり、「間違えていました。」次の印刷の際には訂正するとの事だった。なあんだ。

(2007.01.21 記)