金澤庄三郎の検印

少し古い本(およそ昭和3~40年代までぐらいだろうか)の奥付にはたいてい著者の検印が捺されている。
捺印された検印証紙が貼り付けられているのが普通であるが直接捺印されている事もある。
これは著者が発行部数を確認するための印でこれを基に著者に報酬が払われていた。今でもそれを「印税」というのはその名残だ。
検印に使われている印は本人が普段使用していた物とは限らない。
著者によっては特別に誂えた凝った印を使用したり、非常に多くの種類を使っている作家もある。

仕事柄、随分多くの検印を見てきたが一番印象に残っているのが金澤庄三郎の検印(下の写真)である。
金澤庄三郎(1872-1967)はアジア諸語、特に朝鮮語と日本語の比較研究等で知られる言語学者、国語学者である。
朝鮮語の他に、アイヌ、琉球、満州、蒙古などの諸言語を修め、東京帝国大学、東京外国語学校、国学院大学、駒沢大学などの教職を歴任した。
また戦前の代表的国語辞典「辞林」の編纂者としても知られるが、著書「日鮮同祖論」が日韓併合の正当化に利用されたりしたため
業績の評価は必ずしも一定していないらしい。
Kenin

さて、彼の検印だが真ん中に「検印」とあるのはすぐにわかるけれど(右から左に検,印 とある)、
これが金澤という人の印だとわかる人はほとんどいないのでは、と思う。
周囲の唐草模様の間に彫られているのはチベット文字で、上下右左の順で「カナサワ」と書かれている。(下は各部分の拡大写真。)

Ka Na Sa Wa
左からチベット文字で " = KA", " = NA", " = SA", " = WA".

1903年出版の著書「日本文法論」では使われていないが、1907年出版の「辞林」には使われていて
実見できたそれ以降の全ての著書でこの印が使用されている。
私は金澤以外でチベット文字を使った検印を知らない。おそらく唯一の例だと思う。
金澤の年譜や著作目録を幾つか調べてみたがチベット語に関する論考は見当たらず、
特に精通していたようにも感じられないのだが何か特別な思い入れがあったのだろうか。

(2008.11.17 記)