片身離さず

昨年末、職場でちょっとした盗難騒ぎがあった。
後日、総務から注意喚起のメールが送られてきたのだが、その文面がこんな風だった。
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・財布や現金等の貴重品を放置せず、片身離さず身につけ各自が責任をもって管理を行う。
[... 以下略]
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片身離さず身につけ...?
三枚おろしの魚じゃあるまいし、片身って変だろう。ここは「肌身離さず」としなくっちゃ。
「片時も離さず」とこんがらがっているのだろうか。
Google で検索したら 「片身離さず」の使用例がぞろぞろと出てくる。それ以外にも、
「肩身離さず」(肩身は普通は狭い思いをするものだ。)や、
「形見離さず」(まあ、形見はそれこそ肌身離さず持っている人がいるかも知れないな。)の例も結構な数がヒットする。
間違えて覚えている奴が案外多いんだなあ、と思いながらスクロールしていたら
"堀辰雄 辻野久憲君 - 青空文庫" の見出しが目に入った。(下は画面のスクリーンショットの一部)
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katami
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本文の一部が表示されていて 「... それをいつも片身離さずに旅にも持つて行けるやうな ...」 となっている。
青空文庫の「辻野久憲君」の本文を確認すると、確かに「片身離さず」となっている。入力ミスだろうか?
青空文庫の底本は 「堀辰雄作品集第四卷」 筑摩書房. 1982(昭和57)年8月30日初版第1刷発行、
初出は 「四季 第三十一号」. 1937(昭和12)年10月20日、とある。
「堀辰雄作品集」は手近で閲覧できる図書館がなかったので、筑摩書房版の堀辰雄全集、第四巻 (1978) の「辻野久憲君」(p. 114-115) で確認した。
確かに「片身離さず」とある。初出とされる 「四季」 はどうだろう。冬至書房発行の復刻版で確認した。
「辻野久憲君」は 31号(昭和12年11月号)の p. 16-17 に収録されているが、やはり「片身離さず」となっている。
原稿が確認できないので、これ以上は追及できないが、おそらく誤植等ではなく、堀本人が間違えていたのだと思う。
作家といえども間違うことがあるのだ、と思った。

(2020.01.29 記)