「寄興」って何だ
学問の中で何が一番難しいかという問いは愚問だろうけれど、門外漢からみて一番難しそうに見えるのは哲学ではないかと思う。
生物学とか宗教学といった名前は「学」を除いた部分のイメージが掴みやすいけれど、そもそも「哲」という漢字本来の意味をよく知らない。
哲学以外に「哲」のつく熟語は案外少ないようで、「哲人」と「先哲」ぐらいしかすぐには思いつかないが
これらの言葉から考えると「哲」というのは「偉い」というような意味なのだろう。
(もう一つ「変哲」を思いつくのだがこれは当て字らしい。大漢語林では褊裰の転化としているし、大言海では偏徹の字を当てている。)
西周(にし あまね、明治の教育者)が Philosophy の訳語として考えたと言われるこの言葉はその学問と同様に素人にはいまひとつよくわからない。
哲学者の名前も古代のプラトン、アリストテレスからカント、デカルトなどたくさん思いつくけれど、彼等の著作を読んだ事はほとんど無い。
読んだものも単に字面を追っただけで内容はまるで咀嚼できなかったままだ。
だからそういった哲学者を研究している人(哲学学者とでも言うべきか)はとてつもない思考ができる人なんだろうと無条件に尊敬してしまう。
そんな哲学を研究する会の一つに「京都ヘーゲル讀書會」がある。
大哲学者ヘーゲルの名を冠したその会はサイトの説明によれば「ただ純粋に哲学の学びを喜び」とする会だ。
「讀書會」がいわゆる旧字体なのがちょっと気に入っている。
いわゆる旧字体、と書いたのには訳がある。もしかしたらこれは旧字体ではなく正字体のつもりなのかもしれないからだ。
旧字体と正字体は同じではない。私はあまり漢字には詳しくないし聞きかじりの知識なのであまり書いているとボロが出てしまうのだが、
単純に言ってしまえば旧字体は新字体に対する言葉で、正字体は俗字体に対する言葉である。
戦前まで一般に使われていた字体「旧字体」に対して戦後、当用漢字表などで決められた字体が「新字体」だ。
「正字体」はその字の字源などから正しいとされる字体で、およそ康煕字典や諸橋大漢和辞典の字体がこれに当たると考えていい。
それ以外の一般的に使われている形が「俗字体」である。
新字体はおおよそ当時の俗字体である。だが旧字体が正字体とは限らない。旧字体自体が既に俗字体だったりする場合もあるからである。
だから「京都ヘーゲル讀書會」が単に旧字体を使っているのか、それとも正字体を使っているのかはこれだけではわからない。
たとえば「氷」という字は新旧字体の差はないが元々俗字体で「冰」が正字体である。
いわゆる旧字体の文章中で「氷」が使われていれば普通の旧字体を使用していることになるが
「冰」がもし使われていたならばその文章は正字体を意識して書かれている事になるはずだ、と思っている。
どういう理由でそうしているのかは知らないが、いわゆる旧字体を使用している団体はいくつかある。
京都大学の人文科学研究所もサイトの冒頭では名称を「京都大學人文科學研究所」としている。
これは「正字体」を使っているのだ、と思いたい。
中国学研究の拠点である東アジア人文情報学研究センターを有するこの研究所は、
漢籍研究においてその一字一画をも疎かにしない、という姿勢をこの字に表しているはずなのだ。
東アジア人文情報学研究センターの前身である漢字情報研究センターのページはこんな風だ。
漢字の文字コードの問題もあるのだろう。部分的に正字体ではない字体が混在している。
現在の人文科学研究所のサイトの名称でもたとえば「研」の字がいわゆる康煕字典の字体とは少し違っていたりするのが気にはなるけれど、
そこは涙をのんで妥協、ということだろうか。ちなみに研の正字体はこんな字。(ユニコード 784F)
現代において、いわゆる旧字体を使うことにはなんらかの主義主張があるはずで、漢字に対するこだわりだったり、何か思想的な場合もあるだろう。
あるいは私の大好きな漫画家、原律子の「改訂版大日本帝國萬画」のようになんとなくレトロな雰囲気を出したい、というのもあるだろう。
さて「京都ヘーゲル讀書會」の漢字に対するこだわりは半端ではない。
この会が発行している「ヘーゲル學報 : 西洋近現代哲學研究」のタイトルは間違いなく正字体だ。
「近」の字のしんにょうにはちゃんと点が二つあるし、研も上に挙げた正字体を使っている。
もちろんこだわりはタイトルだけに留まらない。たとえば巻末の「會告」の第一条を書き写してみると
「本誌は讀者各位が直接、本會より購入されることを原則と致します。
購入御希望の方は、責任者に御照會のうへ、京都ヘーゲル讀書會あてに、御申込の上、
本誌代金および送料をお振込み下さい。... 學校、研究室、圖書館等團體で御購入の場合も先づ責任者に御連絡下さい。」
フォント表示の制約上、完全には転写できていないので念のために注記すると、
「者」には日の部分の上に点がある。
「込」、「連」等のしんにょうはもちろん二つ点。「送」のソの部分は八 ... など、スキが無い。
もっとも創刊号の会告は新字体で書かれているし第2号では「團体」などと中途半端な部分もあるのだけれど、
最近のもの(上の会告は第6号(2008)から採った)はそんな事も無い。
これはおそらく単なる旧字体ではなく正字体を意識しているのだろうと思う。
本文も寄稿されたものは新字体だが、編集者によるもの(編集部で翻訳した外国語の論文とか)は正字体で表記されている。
並々ではない気迫みたいなものを感じる、といっては失礼だろうか。
そんな京都ヘーゲル讀書會の平成二十二年度冬期研究會のポスターが掲示されていた。
もちろん正字体を意図しているのだが、印刷の制限上字形に若干の相違があるのは仕方が無い。
演題を見てみると
「精神現象學」における絶對知(假題)
フィヒテ「學者の使命」(一七九四年)における人間像(假題)... と続く。
うーん、ただでさえ難しそうな演題がますます難しく見える。
そして午後の部の最後、"名古屋大學名譽教授" 黒積俊夫氏の演題で目が止まった。
「『経験の哲學』に對するロックの寄興」となっている。(下図)
おや、「経験」が「經驗」となってなくて新字体のままだ。「學」と「對」は旧字体なのに。
これはうっかりミスだな、残念だなあ、と思って見ていたがそれよりも最後の「寄興」が気になった。(下がその部分の拡大)
「寄興 = きこう? ききょう?」って何だろう。哲学で何かの概念を示す言葉だろうか。
聞かない言葉だなあと考えていたが、これは「寄与」の旧字体表記「寄與」を間違えたものだろう、と気が付いた。
大変な間違いをしてしまっている。根性の悪い私は、こんなのを見つけるとついニヤニヤしてしまう。
漢字の誤変換ではこんな間違いはしないはずだから「與」を見て「興」と入力したものだろう。
あるいは漢字認識ソフトによる誤変換かもしれない。魯魚の誤りはいつの時代にもあるものだ。
Google で 「寄興」を検索すると、結構な件数がヒットする。李華の七言絶句「春行寄興」以外の熟語のほとんどは寄與の誤字だろう。
それにしても「寄興」で検索すると "もしかして寄与?" と聞き返してくれる Google って、いったいどんな仕組みなんだろう。
(2010.12.22 記)
また新しいポスター(平成二十三年度夏期研究會)が掲示されていた。
やはり漢字に対する拘りは変わっていない。どれどれ、間違いは無いですか?と(いったい何様のつもりだ。)見てみると ...
と
惜しい。今回も新字体が混じってた。「参」は「參」に、「関」は「關」にするべきでしたね。(會や斷はちゃんと旧字体になってる。)
そしてもう一つ気になったのが下の字。
出欠の「欠」の旧字体は普通は「缺」を使う。「缼」は「大漢語林」等の辞書によれば「缺」の俗字だ。
間違いではないだろうけれど、正字体を意識するのならここは「出缺」として欲しかった。
(2011.06.24 追記)
平成二十五年度冬期研究會のポスターが掲示されていた。さすがにもう新字体は混じってないだろうと思って見てみたら、またあった。
ここは「將來」ですね。
(2013.12.26 追記)
平成二十六年度冬期研究會のポスターが掲示されていた。もう間違いは無いに違いないと思ったがやっぱりあった。
ここは「勞働者」ですね。どうやら初めて使う漢字は間違えるようだ。自信が無いのなら変換テーブルを用意して一括変換すれば良いのに、と思う。
(2014.12.28 追記)
平成二十八年度夏期研究會のポスターが掲示されていた。まだ間違ってる。
「哲學」は今までに何回も出ているのに何故?
「槪念」の旧字体「槪」は旧JISには無い文字だが、もしかしてまだユニコードを使ってないのかなあ。
「西晋一郎」は「晉一郎」が正字のはずだが、明治時代に出版された西の著作でも「晋一郎」となっているので、この人の名前の場合はこれで正しいと思う。
なんだか毎回チェックしていて情けなくなってきた。どうか今年度冬期のポスターには新字体が混じりませんように。(七夕様にお願い)
(2016.07.07 追記)
平成三十年度夏期研究會のポスターが掲示されていた。昨年度は間違いが無かったので安心してたのに。
「歷史」、「數學」ですね。
(2018.06.06 追記)
平成三十年度冬期研究會のポスターが掲示されていた。前回に続いて「歴」が新字体でした。
(「認」も、旧字体は「刃」の部分の点が「刀」と交わらないが、ユニコードにも無さそうですね。)
(2018.12.25 追記)
平成三十一年度冬期研究會のポスターが掲示されていた。「歴」は今回も新字体。「學」と「應」は旧字体も割合よく知られているはずで、今更、という感じがします。
(2019.11.15 追記)