京銘菓「パサン」
お正月に雑煮とおせちを食べるのは全国同じだと思う。
もちろん地方や家庭それぞれに特徴があるはずだが、子供の頃どんな雑煮を食べていたか実のところよく覚えていない。
すやの丸餅だったのは覚えているのだが。(すや、というのは何も入ってない白餅の事だけれど愛媛の方言だろう、関西では聞かない。)
今住んでいる京都の伝統の雑煮はよく知られている丸餅白味噌仕立てだけれど、まだ食べた事がない。(嫁が作る雑煮はすまし仕立て)
おせち料理以外に正月に何か特別な物を食べる風習も無かったが、どうやら京都にはお正月に食べるお菓子があるようだ。
と言っても、あの有名なゴボウと白味噌餡を求肥で包んだ花びら餅の事ではない。
数年前から気になっているお菓子があった。年末になると近くのスーパーに並ぶ「パサン」という迎春用のお菓子である。
厚めのビスケットのような焼き菓子で上面には砂糖で鶴や紅梅のめでたい絵が描かれ、「舞鶴パサン」「御所梅パサン」等と書かれている。
京菓子となっているのだが和洋折衷と言えばいいのだろうか、和菓子なのか洋菓子なのかも判然としない。
第一「パサン」ってどう考えても日本語とは思えないし、いったい何語だろう?どうして正月に食べるのだろう?と思っていた。
Google で検索すると京都の和菓子屋、伊藤軒のブログでこの「パサン」が紹介されていた
(2009年9月16日の記事)。
それには「パサンの語源は、バンズから来ている」とある。バン(bun, 英語。バンズは複数形)とは、うす甘の小さな丸いパンの事である。
私は本場のバンの実物を見たことは無いが、ハンバーガーの「バンズ」は名前は同じだがたぶん味は違う物だろう。
イギリスでは Good Friday(聖金曜日、復活祭前の金曜日)には hot cross bun という十字架の型をおしたバンを食べる習慣があるらしく、
いくつかのサイトでも紹介されているが、見た目はずいぶんパサンとは違っている。
復活祭(イースター)は元をたどればユダヤ教の過越の祭りから生れた物だが過越の祭りはヘブライ語でペサハ、ロシア正教会ではパスハという。
パサンを正月に食べるというのもなんとなく復活祭の風習を日本風に置き換えたものと考えられない事もなさそうだし、
パサンと言う名前はそのあたりに由来するものかとも考えたりしたのだがどうも違うようだ。
明治40年に出版された料理辞典(斉藤覚次郎編)に「ぱさんず」という菓子が挙げられている。
そこには「西洋菓子なり。卵と砂糖とを鍋に入れ、弱火にかけ、泡立器にてかきたてながらあたため、火の上を去り、なほかきたてて泡をふやし、
粉をふるひ入れ、泡の消えざるよう徐にまぜ合わせ、テンパン鍋面にまるくながし、上面にカルメラ糖のつぶしたるをふりかけ、焼竈内にさし入れ、
ほどよく焼きあぐべし。」とある。作り方を見るとむしろスフレに近い感じで、今のパサンとは違うようだがこれが原型に違いない。
ぱさんずという名前がバンから由来するとはちょっと考えにくいのだが他にそれらしい外国語の単語は思いつかない。
イギリス由来かどうかはともかく、明治末頃には洋菓子と認識されていたという事を考えると日本に入って来たのはおそらく明治以後だろう。
京都以外では金沢あたりでも作られているようだが特に正月のお菓子と言うわけではなさそうだ。
何か正月に食べるいわれがあるのなら知りたいと思って京都生まれ京都育ちの人に聞いてみたのだがパサンを知らない人が多かった。
知ってますよと答えてくれた人も何人かいたが、名前は知らないけど子供のころからあった、とか、
いわれは知らないけれど、とにかく正月になるとおせちと一緒に出てましたね、とかいう程度なのだ。
売っているスーパーで様子を見ていてもそんなに人気があるようには見えない。
チープなビニール袋に貼られたラベルに燦然と輝く「京銘菓」の文字といかにもめでたそうな鶴の絵。
これが「パサン」。左が御所梅パサン、右が舞鶴パサン。
で、年末に一袋買っておいた「パサン」を正月に食べてみた。想像していたよりも硬く、そばぼうろに似た食感でかなり甘い。
どちらかというと駄菓子っぽい感じで縁起物とかでなければ食べる気がしないけれど、そもそも縁起物なのだろうか?
単に正月に日持ちのするお菓子を用意しておくだけじゃないのかとも思う(賞味期限は半年もある)。
外国から来た菓子がいつの間にか和風にアレンジされ、さらには京銘菓となって由緒ある?正月のお菓子として売られているのがおもしろい。
(2010.01.12 記)