検印・検印用紙覚え書き. I. 名称について
古い本(およそ明治時代後半から昭和30年代くらいまで)の奥付には著者の検印という物が付いている事が多い。
直接押印されているものもあるが、検印用紙という小さな紙片に押印して貼り付けられているのが一般的である。
これは著者が発行を確認したものであることを証明するための印で、
検印があるということは正規の出版社以外の発行による海賊版ではないという証拠だし、
正規の出版社が著者に無断で増刷して売っているわけでもないという証拠である。
また著者には押印した数に応じて報酬が計算され支払われた。今でも本を初めとする著作物が売れた事による収入を「印税」というのはその名残だ。
本に検印を押す作業が著者にとっても出版社にとっても煩雑な作業であることは明らかだ。
本が大量生産されるようになるとやがて「著者との合意により検印廃止」等と記される様になり今ではそれも省略されている事が殆んどである。
日本(日本統治下の台湾と朝鮮や旧満州も含む)独特の制度といわれるが、韓国で最近出版された本にも散見される。
どのような手順で本に検印が押されていたか具体的な事は知らないが、戦前の作家の日記などには検印を押した様子が記されている事がある。
たとえば島崎藤村の「分配」には「人を頼んで検印を押すだけに十日もかかった。」と書かれている。
検印は上記の文にもあるように著者自身が押したとは限らないし、本人が普段使用していた印が使われたとも限らない。
また印影も事務的な普通のものや、著者によっては特別に誂えた凝った印を使用したものもあり様々である。
作家によっては非常に多くの種類を使っている場合もあるし、押し方もキチンと枠に納まっているものやずれているものなど様々だ。
検印用紙も出版社によってデザインに工夫があって面白いのだが検印や検印用紙の研究は意外と少ない。
検印と検印用紙に興味を持つようになって、今まで多くの本の奥付ばかりを見てきたが、判らないことが多い。そんな中で、気付いたことを幾つか書き留めておく。
まず、その名称について、である。
この切手大の紙片は、「検印紙」と呼ばれることが多いようであるが、正式名称はあるのだろうか。
「検印紙」のなかには少数ながら、名称が印刷されているものがある。
「検印紙」
富書店 -- 細胞分裂誘起物質 / 重永道夫. 1946.
時代社 -- おどり / 尾上菊五郎. 1948.
「検印用紙」
郁文書院 -- 言語觀史論 / 石黒魯平. 1931.
龍吟社 -- 支那佛教史蹟踏査記 / 常盤大定. 1938.
大日本雄辮會講談社 -- 秋山定輔は語る / 村松梢風. 1938.
保育社 -- 原色日本地衣植物図鑑 / 吉村庸. 1977
「検印証紙」
大同印書館 -- 法律から見た支那國民性 / 滝川政次郎. 1941.
「検印印紙」
雄風館書房 -- 三つの經濟學 / ヴェルナー・ゾムバルト原著 ; 小島昌太郎譯. 1943.
「印票」
乾元社 -- 律令時代の農民生活 / 滝川政次郎. 1952.
「検印紙用箋」
鶴書房 -- 女ひとり / ミヤコ蝶々. 1966.
今まで見てきた中では、「検印用紙」 の例が多い。このサイトでは「検印用紙」と呼ぶことにする。
(2020.12.02 記)