検印・検印用紙覚え書き. II. 押印、貼付の順序について

奥付と検印用紙の形式は、いくつかのパターンがある。例えば
(1) 奥付は本体に印刷(刷り奥付)か、あるいは、 別紙に印刷して貼り付け(貼り奥付)か、
(2) 検印は奥付に押印か、あるいは、 検印用紙に押印か、
(3) 検印は検印用紙と奥付に割印されているか、あるいは、 されていないか、等である。
さらに細かく分けるなら、検印の朱が向かい合う紙面に写らないように薄紙を貼っている場合とか、
著者の検印の他に出版社の印も押されている場合とかもあるが、おおまかには上記 (1) から (3) の場合分け程度で良いと思う。いくつか例を挙げてみる。
[例1]: 文体論の理論と實踐 / 小林英夫. 八雲書店, 1948. の奥付. 貼り奥付の上に検印用紙を貼っている。
[例2]: 能楽藝道 / 能勢朝次. 檜書店, 1954. の奥付. 検印用紙は貼り奥付上ではなく、最終ページに貼られている。さらに薄紙を重ねて貼り、朱の写りを防いでいる。
[例3]: 俳諧二百年史 / 齋藤溪舟. 隆文館, 1911. の検印. 検印用紙が正しく貼られていることを確認するために、出版社が割り印している。

検印の押印と検印用紙の貼付は、本の製作工程の中で、どのようになされるのだろうか。
印刷、製本は機械で行われるはずだが、検印用紙の貼付は人手によるものだろう。
(今のところ、検印用紙を機械で貼っていた、という話は聞いたことがない。)
出来上がった本の奥付を一冊づつ開いて貼付するのは大変な作業だと思う。
その後で著者が検印を押すとなると、著者がまた一冊づつ本を開いて押印することになる。
何千冊もの書籍を著者の元の届けるにしても、著者が出版社に出向くにしても大変である。
先に書いた、検印の朱が向かい合う紙面に写らないように薄紙を貼ったり、出版社印を重ねて押印するのであればなおさらだ。
たとえば島崎藤村の「分配」には「人を頼んで検印を押すだけに十日もかかった。」と書かれているように、出版部数が多くなれば、その手間は膨大なものになる。
検印が省略されるようになった最大の理由だろう。

既に検印用紙を貼る工程が省略されるようになって半世紀ほど経っている。
作業の経験者も少なくなっているが、何人かの製本職人の方々から話を伺った。
それに拠ると、あらかじめ検印が押された検印用紙を製本業者が奥付に貼るのが(少なくとも昭和30年代頃は)普通だったようだ。
押印済の検印用紙シート(切手シートの様になっていて、1シートは50枚のものが多かった)を裁断、糊付けをし、出来上がった本に貼った、と言う。
検印用紙は糊をつけた板の上に並べられ、開いた本の奥付に手早く張り付けていく、という作業だったようだ。
検印用紙の管理は大変厳しく、貼り損ねや、余った検印用紙は枚数を数えて確認し、返却された。
製本業者にとっては大変な作業だが、著者は検印用紙シートにポンポンと連続して押印するだけで良かったのだ。
以下の様な例を見ると、押印後に裁断、貼付されたことが容易にわかる。
[例4]: 続・わが文学半生記 / 江口渙. 春陽堂書店, 1958. の検印. 明らかに検印用紙が裁断される前に押印している。
また、裁断は目打ちに沿っておらず、裁断機でいわば適当に裁断しているのもわかる。この例は、検印用紙一枚につき一つ丁寧に押印しているが、次のような例もある。
[例5]: 勞働問題の現在及將來 / 堀江歸一. 大鐙閣, 1919. の検印. 大鐙閣の検印用紙は、縦14ミリと大変小さく、大きな印鑑だとはみ出してしまう。
4枚分にまたがって押印する事で著者の押印作業は(結果的に)省力化されている。

また、検印用紙を貼る作業が製本後に手早く行われたことがわかる例を挙げる。
[例6]: 言語學的日本文典中巻 / 岡澤鉦治. 教育研究會, 1932. の検印. 検印用紙の左側に、向かい合ったページの一部が貼りついている。
検印用紙を貼付した時に糊がはみ出し、それが乾く前に本が閉じられたことがわかる。

以上の様に、検印用紙に検印が押印されているものについては、
あらかじめ著者が押印した検印用紙が製本業者に持ち込まれ、製本業者がそれを裁断、製本後の奥付に糊付けして完成、というのが基本的な手順だと思う。

現在、国会図書館のデジタルライブラリーでは、著作権が切れた書籍を中心に全ページを画像で公開していて、本文だけでなく表紙や奥付も確認することができる。
この画像データは、国会図書館の蔵書(主に納本されたもの)に基づいているのだが、
市販された書籍には貼付されている検印用紙が貼付されていないものや、検印が捺されていないものが目立つ。
おそらく、納品されるものは別扱いにされ、市販用のみに検印用紙を貼付したのだと思う。
検印の場所に「納品」印が捺された例も見られる。(外交読本 / 稲原勝治. 外交時報社, 1927. など)
これらの例からも検印の押印、検印用紙の貼付が製本後であったことがわかる。

ただ、次のような例を見ると、どうやら違う手順もあったと思われる。
[例7-1]: 狂言集成 / 野々村戒三, 安藤常次郎. 春陽堂, 1931. の検印。奥付に直接押印されている。
[例7-2]: 奥付の裏のページはこのようになっている。うっすらと裏向きの印影が見える。
最初は朱が裏まで染みているのかと思ったが、傾きが微妙に違うにように見えた。透かして見ると僅かにずれている。
[例7-3]: 強い光を当てて裏側から透かして撮影したもの。はっきり見える印影が奥付に捺された検印が透けているもの。矢印は裏の印影の四隅を示す。
「狂言集成」は国会図書館のデジタルライブラリーでも確認したが、やはり裏側の少しずれた位置に朱の写りが確認できた。
二つの印影は明らかにずれていて、裏側に見えていたのは表側の朱が染みたものではない。
製本後に検印を押したのであれば、この位置に朱が写ることはありえない。
これは、検印を押す作業の際、検印を押した奥付の紙葉だけが何枚も重ねられていたことを示すものだろう。
奥付のページを印刷した段階で、製本される前にまとめて検印を押し、その後で丁折り、製本したと考えるのが自然だろう。
この手順は一番手間がかからない。確認できた実例は少ないが、同じ工程を示すと思われるものを挙げてみる。
[例8-1]: 佐藤信淵に關する基礎的研究 / 羽仁五郎. 岩波書店, 1929. の奥付に押印された著者検印と出版社印。
[例8-2]: 同書奥付の裏ページ。奥付の二つの印と、裏の二つの印は上下のずれ方が違っていて、裏写りでないことがわかる。
[例9-1]: 近世戯曲研究 / 守隨憲治. 中興館, 1932. の検印。
[例9-2]: 同書奥付の裏ページ。判りにくいが少しずれている。
[例7]-[例9] は、奥付に直接押印している例だが、検印用紙を使っているものでも同様のものがある。
[例10-1]: 進歩と宗教 / 刈田元司. 甲鳥書林, 中興館, 1942. の検印用紙。対角線を入れると、ほぼ中央に押印されているのがわかる。
[例10-2]: 同書奥付の裏ページ。うすく写った印影が見え、表側の検印用紙が少し黒く透けている。
透けた検印用紙に対角線を入れると、裏側の印影は明らかにずれていて、裏染みではないことがわかる。
私の推測の通りだとすると、検印が捺された検印用紙は製本前に貼付されたことになるのだが、
同書の国会図書館所蔵本をデジタルライブラリーで確認すると、検印用紙は貼付されていない。
これらの作業手順がどういうものであったか、検証の余地があるが、検印の押印手順にもいろいろ工夫があったようだ。

(2021.01.29 記)