荒浪清彦著「私達の速記術」の検印紙の利用法
荒浪市平、荒浪清彦共著「速記獨修日本寫言術」(隆文堂, 1912)は、速記の指導書である。
荒浪清彦は慶応大学卒、三井物産に入社、南米貿易開拓事業に従事し、日本大学で速記術等を講義、荒浪速記事務所を主宰した。
速記には多くの方式があるが、荒浪式速記もその一つ。どのくらい普及したか、現在どうなっているのかは知らない。
この類の独習書は、著者が懇切丁寧に解説したつもりでも、読者が全て理解上達するとは限らない。
荒浪も、それは十分判っていたのだろう、それに加えて、何としても速記を世に広めたいという熱意もあったのだろう、
この本にはそんな読者の疑問に応えるため、巻末ページに "質問券" なるものが印刷されている。
"質問を要する者は本券を切取り返信料三錢を添へ東京市麹町區元園町貳拾七番地荒浪方速記義塾宛申込むべし"
と記され、4回分の質問券が用意されている。
荒浪清彦は、以後いくつかの速記指導書を著している。確認できたものを出版年順に列記する。
「實用速記術」(文陽堂, 1928)
「實用を主とし應用の廣い日本語速記術」(文花堂, 1931)
「模範日本語速記術」(千倉書房, 1935)
「日本語速記術」新訂版(千倉書房, 1942)
「私達の速記術」(現代思潮社, 1954)
「速記の学び方」(大泉書店, 1956)
上記著作には、全て質疑応答についての項目があり、返信用切手とともに質問を送れば答える旨と、
送り先として筆者の住所(「實用速記術」は出版社気付)が明記されている。
「速記獨修日本寫言術」以降の著作には質問券は無い。余り良くない方法だと思ったのかも知れない。
だが、「私達の速記術」には、他書にはないユニークな工夫がある。
同書の第20章(質問の要領)には "質問には悦んでお答え" するとした上で、
"最初に質問する人はこの本の巻末の著者檢印紙をはがし、それに返信用郵便切手(封書郵便料の二倍)を封入の上
東京都大田区田園調布二丁目十九番地著者宛差出されれば同好の士として登録し、
次回からは返信料二倍の郵券を同封し御質問になればよろしい。" と記している。
同書巻末奥付には、"荒浪" の丸印が押された現代思潮社の検印紙が貼られている。
検印紙を他の目的に転用させる例はあるが、著者自身が本文中で検印紙の転用に言及した例は他に知らない。
[2025.09.25 記]
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