冬樹社の奥付と検印

学生だった1980年前後の頃、冬樹社という出版社の本を本屋で目にすることが多かった。
浅田彰らが編集していた雑誌「GS」や、栗本慎一郎の著作等を読んだ記憶がある。
ゴリゴリの学術出版社ではないが、いわゆるニューアカデミズムの一翼を担った出版社だったと思う。
その冬樹社から出版された本多秋五著「『戦争と平和』論」(増補版, 1970)のはしがきには次のように書かれている。
[出版に際して] "装幀、検印紙使用のことなども、私の希望はことごとく叶えられた。"
装幀はともかく、どんな検印紙が使用されているのか気になった。
増補 「『戦争と平和』論」 の第一刷は、奥付によると10月30日発行、装幀者は栃折久美子、とある。
奥付に貼られた 検印紙 は普通の白い無地紙で "本多" の角印が押されている。
1970年当時、すでに検印を省略、廃止している出版社が多く、冬樹社も検印を省略するのが通例だった。
本多の希望は一冊ごとに検印を押した印紙を貼ってほしい、というものだったのだろう。

冬樹社は、「出版社now」(凱風社, 1985)によると設立は1958年8月、「出版社now」出版当時の代表者は高橋直良。
"昭和三十三年に矢田挿雲の「江戸から東京へ」を出版したあと休業。三十九年に再び出版活動を開始し ..." とある。
「出版年鑑 1959年版」にある冬樹社についての記述は下記の通り。
"千代田区神田神保町1の52. Tel 29-6023. (創立)1953.4.1. (組織)有限. (資本)50万円. (社長)渡辺果. (振替)東京 75710. (従業員)4名. (部門)文."
社長の渡辺果について「文化人名錄 昭和34年版」の記述は下記の通り。(一部省略)
"渡邊果 [わたなべ はたし]. 明治45.3.19. 青木書店「進行部長」. 日大商経学部経済学科卒. 前職 満州商工公会中央会."

最初の冬樹社の最初の出版物は上述の1958年10月10日初版発行の矢田挿雲著「江戸から東京へ」第1巻。
また、確認できる最後の出版物は1991年8月31日初版第一刷発行の吉田世津子著「真夜中のおんぶ」。この年に廃業したようだ。
一つの出版社の奥付を追うことで検印紙と検印の廃止の過程が確認できるのではと思い、創業から廃業までの冬樹社の検印紙と検印を調べてみた。
できるだけ現物をあたり、国会図書館デジタルコレクションも参照したが漏れも多いと思う。

出版第一号の「江戸から東京へ」は全5巻。最終巻(第5巻)は1959年2月20日に出版されている。
この奥付に貼られている検印紙は多くの出版社で使用されているもので、おそらく既製品。
1巻から3巻は緑色、4巻は茶色、5巻は青色の検印紙が使用されている。

これ以外で検印紙が貼られているものが少数ながらある。気が付いたものを年代順に挙げる。
石川達三著「流離 : 石川達三自選集」(1965.6.15). 検印紙はΨ型の樹木がデザインされ、"TÔJU BOOKS" とある。
椎名麟三著「椎名麟三全集」全23巻+別巻(1970.6.30-1979.10.12).
*朱肉の写り防止のパラフィン紙の覆いが残っているものもある。現物を確認した第12巻の2刷(1976.10.25)には検印紙がなく、剥げた跡もなかった。
*また、奥付紙葉の中央やや上よりには、検印紙を貼る場所の目安となる小さな点が印刷されているが、第18、20、22巻には印刷されていない。
[本多秋五著「『戦争と平和』論」 増補版(1970.10.30). 上掲書]
本多秋五著「戦後文学の作家と作品」(1971.12.15).
山室静著「山村静著作集」全6巻(1972.5.20-1973.1.30).
龍野咲人著「私の罪」(1973.11.30).
福田清人著「福田清人著作集」全3巻(1974.2.28).
石川達三著「流離 : 石川達三自選集」新装版(1974.3.4).
村松定孝著「泉鏡花研究」(1974.8.30).
小門勝二著「荷風ふらんす漫談」(1974.9.1).
佐江衆一著「終わりの海」(1974.12.30).
室生犀星著「定本室生犀星全詩集」全3巻(1978.11.20).
*室生犀星没後の刊行。この検印は、新潮社版室生犀星全集の第1巻(1964.3)等に押されているものと同じ。

オリジナルデザインの検印紙は石川達三著「流離」に使用されているものしか確認できなかった。
それ以外は全て無地白色、大きさにはばらつきがあるが、約 30 × 30 mm.、目打ちや裁断の目安線などは無く、斜めに切られているものもある。

「出版社now」 には「江戸から東京へ」出版後に休業、"[昭和]三十九年に再び出版活動を開始" とある。
実際には昭和38年中までに数点の出版物が確認でき、それらの出版物には検印は押されていない。
例えば庭野日敬著「人間らしく生きる」(1961.12) の奥付には "著者との申し合わせにより検印省略"、
内山吉春著「ストップ・ザ・VW」(1963.12.25) の奥付には "検印省略" と記されている。
「江戸から東京へ」以外で1950年代に出版を確認できたのは天野恭佑著「慈悲の生涯」(1958.12.23) のみだが、
これにも "著者との申し合わせにより検印省略" とあるので、創業直後から検印は省略が基本だったようだ。
奥付にある検印を省略する旨の同社の文言は、出版物によって微妙に違う。
"著者との申し合わせにより検印省略" と異なる例で気が付いたものを挙げる。
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"検印は省略します。" -- 全日本スキー連盟編「安全なスキーのために」(1965.12.15) 等。
"著者との協議により検印廃止" -- 園部勝,井上恵三著「上級スキーへの道」(1964.12.15) 等。
"著者との話合いにより検印省略" -- 豊田穣著「蒼ざめる神」(1973.12.30) 等。
"著者との協議により検印は省略" -- 名取堯著「現代芸術の系譜」(1965.3.10) 等。
"著者との話しあいにより検印省略" -- 中村真一郎著「批評の暦」(1971.10.10) 等。
"著者との話し合いにより検印省略" -- アンドレ・スービラン著,関義訳「女医ソヴァージュの日記」 上巻(1965.10.15) 等。
"著者との話合いにより検印は省略" -- 奥野健男著「二刀流文明論」(1964.9.5) 等。
"著者との話合いで検印は省略します" -- 戸川幸夫著「山嶽巨人伝」(1965.1.5) 等。
"著者との協議の結果検印は省略します。" -- 井上恵三,園部勝著「ヴェーデルン」(1965.10.15) 等。
"著者との話し合いにより検印は省略します" -- 宮内勇著「地上の上の人間」(1965.6.15) 等。
"著者との話合いで検印は省略いたします" -- 北村謙次郎著「あららぎ物語」(1966.11.15) 等。
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この "申し合わせ/協議/話し合い"、"廃止/省略"、"します/いたします" 等の文言のブレに何か理由があるのかわからない。
奥付には著者や出版日と並んで表示されていることが多く、レイアウト上、他の行と文字数と合わせるためかとも思うが、
特別に決まった形式はなく、単に担当編集者の好みだったのかもしれない。
これらの文言が確認できた最後の出版物は武井静夫著「若き日の伊藤整」(1974.5.10)。
それ以降の奥付には基本的には検印を偲ばせるものはない。
だが、検印が全く廃止されたわけではなく、上述の通り、これ以降の数点の出版物には著者検印が押されている。

著者検印が朱肉による押印ではなく、印影(あるいはサイン)が奥付に直接印刷されているものがあるので、気が付いたものを列記する。
印影は全て黒、他社の出版物の検印などで本人使用(朱印)が確認できる印影が多く、実物大のようだ。
著者は原稿に検印を一度押せば済み、製本時の一冊ごとの貼り込み作業もないので、著者出版社ともに作業は大幅に簡略されるが、
冊数確認には役立たないので単に形式的なものになる。この印刷された検印は、他の出版社でも例がある。
坂口安吾著「定本坂口安吾全集」全13巻(1967-1971)。
山川方夫著「山川方夫全集」全5巻(1969-1970)。
村上一郎著「浪曼者の魂魄」(1969.11.1)。
磯田光一著「殉教の美学」増補版(1969.11.15). サイン。第二増補版(1971.12.20)も同じサイン。
富士正晴著「贋・久坂葉子伝、小ヴィヨン」(1969.11.15)。
桶谷英昭著「仮構の冥暗」(1969.12.15)。
金子光晴著「金子光晴文学出来断想」(1969.12.25)。
十和田操著「十和田操作品集」(1970.3.20)。
秋山駿著「抽象的な逃走」(1970.3.20). サイン。
奥野健男著「新編 文学は可能か」(1970.5.15)。
庄野潤三著「クロッカスの花」(1970.6.15)。
橋川文三著「政治と文学の辺境」(1970.10.15)。
坂上弘著「朝の村」(1971.7.15)。
瀨沼茂樹著「仮面と素面」(1971.7.30)。
谷川健一著「常民への照射」(1971.8.25)。
桶谷英昭著「凝視と彷徨」上下巻(1971.9). サイン。
石上玄一郎著「悪魔の道程」(1972.7.31)。
小門勝二著「永井荷風の生涯」(1972.11.20)。
金子光晴著「回想の詩人たち」(1975.7.15)。
金子光晴著「私の詩論」(1975.8.12)。
小川国夫著「舷にて」(1977.12.15)。

奥付に社印 "冬樹社" の印影が印刷されているものもある。すべて同じ角印だが、印影はそれぞれ微妙に異なる。
最初の使用例は小田切秀雄著「現代的状況に抗する文学」(1971.10.15)、
最後の使用例は長野泰彦,立川武蔵編「チベットの言語と文化」(1987.4.15) である。

著者検印の押された検印紙の貼付 → 検印省略の断り書きの表示 → 断り書きの廃止、の流れが確認できるが、
過渡期には著者印や出版社印を印刷した奥付が見られるし、著者によってはかなり遅くまで検印紙の貼付を希望したようである。
この検印廃止の過程は複数の出版社に共通する。

他の出版社と同様に、1970年代以降、冬樹社でも検印は省略され断り書きも無くなるが、
ある時期にすっぱりと変わるわけではなく、林邦雄著「ファッションの現代史」(1969.3.15) は早い時期の出版だが何も断り書きがない。
同時期の出版物でも様々な形式が見られるのは "著者との協議" の結果なのだろうか。

[2025.12.20 記]
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