「人にはどれほどの土地がいるか」を読んで狡い攻略法を考える。

小学校の道徳(もしかしたら国語だったかもしれない)の授業で、トルストイの「人にはどれほどの土地がいるか」を読んだ。
有名な話なので知っている人も多いと思うが、こんな内容だ。
(前半はバッサリと省略。また、途中で主人公がアクシデントに遭遇したりもするが、それも省略。)
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主人公のパホームは、日の出から日没までに歩いて廻った土地を安く売ってもらえる、という約束をする。その条件は、
・条件1. 日没までに出発地点に戻ってくること。
・条件2. 曲がった所には穴を掘り、柴を詰めて目印にすること。
・条件3. その目印で囲まれた土地を自分の物にできる。
日の出と同時に出発したパホームは、広い土地を取ろうと欲張って遠くまで歩いたため、大急ぎで戻るはめになる。
なんとか日没に出発地点に辿り着いたものの、疲れ果ててその場で死んでしまう。
結局、パホームに必要なのは埋葬されるだけの僅かな土地だった。
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授業後、どう思ったかを短い感想文に書かされた。
「人間、欲張ってはいけない。」とか書いておけば無難だろうが、"いちびり" の私は次の様に書き、後で先生に怒られた記憶がある。
「大事なことをする時には下調べをしておくべきだ。」
「丸く歩くと最短の距離で最大の面積の土地を取れる。」
どうしてこんなことを書いたのだろう、と今では思うし、トルストイもこんな事を読者に伝えたかった訳ではない。
だが、あながち間違ってはいないよね、とも思う。先生も困ったに違いない。

こんな人生が係っている一大事に、何の準備もせずに臨むのはあまりに無謀だろう。
大学受験の際、高校(四国の田舎)の担任の先生は、東京や京阪神の大学を受験する私たち生徒に向かって
「いいか、受験会場は必ず下見しろ。交通手段や時間も確認しろ。当日は早めに余裕をもって行動しろ。」と念を押していたものだ。
もし、私が今、この土地取りゲームを提示されたら、ネットで周囲の状況を調べまくるだろうし、
どんな土地か前もって実際に見に行く。おそらくほとんどの人がそうするだろう。それに、四角形に歩いたりはしない。できるだけ丸く歩く。

丸く歩くと良いと書いたが、このゲームにはちょっと注意しなければいけない点がある。
歩いて到達した場所を証明するため、曲がり角では穴を掘り、柴を入れて目印にしなければいけないのだ。
そして、その穴を直線で繋げて囲まれた部分が自分の土地になるのである。
つまり、丸く曲線で歩いても、歩いた軌跡とされる形は多角形にされてしまうのである。
もちろん、頻繁に穴を掘り、限りなく円に近い軌跡を残すこともできるだろうが、
そうすると穴を掘るために多くの時間を費やすことになるので、結果的に歩く距離は短くなり、大きな面積は取れなくなる。
例えば歩く時間が12時間だとして、一つの穴を掘るのに10分かかるとしよう。
72個穴を掘ればそれだけで12時間かかるから、72角形で歩けば土地は全くもらえないことになる。
(細かく言えば、出発点は穴を掘らなくても良いはずなので、72個穴を掘れば貰える土地は73角形になる。
また、72個の穴の面積分の土地は貰えるだろうから、全くゼロという訳ではないはずだが。)
それなら、なるべく穴を掘る回数を少なくして距離を稼ぎ、しかも大きな面積を取るには何角形で歩けば良いのだろう。
実際に歩く際に曲がる角度はどうやって測るんだとか、真直ぐ等速度で歩けるのかとか、
境界線は掘った穴の内側と外側のどちら側になるのかとか、細かい事はさておき、
純粋に数学の問題として考える。直感的には6角形ぐらいが最適かな、と思う。実際に計算してみる。

歩く時間は日の出から日没まで、となっているが、計算しやすいように15時間(900分)としよう。
歩く速度は時速6キロ(分速100メートル)、穴を掘る時間は10分で計算する。
休憩もせずに一日中歩き詰め、というのは現実的ではないが、何しろ命を賭けた欲張り人間の話だ。勘弁してほしい。
まず、試しに正3角形で歩いた時の面積を出してみる。
3角形で歩く場合は、途中で2回曲がって元の出発地点に戻るから、穴を2個掘ることになる。
歩く時間は900分から穴を2回掘る時間の20分を引いて、900 - 10 × 2 = 880 (分)
分速100メートルで歩くので、歩く距離は 100 × 880 = 88,000 (メートル)
一辺の長さは 88,000 ÷ 3 = 29,333(メートル、小数点以下切り捨て、以下同じ)となる。
およそ30キロメートル、かなりの距離だ。高低差や障害物が何もない平原でも、これだけ離れると出発点は見えないと思う。
土地勘のない場所で出発点に戻るのは至難の業だ。パホームは何を目印にしたのだろうか。
それはともかく、正n角形の面積 (S) は辺の長さ (a) が判れば次の式で求めることができる。
\[ S = \frac{na^2}{4 \tan ( \frac{ \pi }{ n })} \] 当てはめると、372,574,905(平方メートル)= 約 372(平方キロ)になる。
同様にして、穴を掘る時間を15分から3分まで変えて、正3角形から正12角形までの面積を計算してみた。(太字が最大値)
単位は平方キロ。小数点2桁目以下は切り捨てている。
n角形
15分
14分
13分
12分
11分
10分
9分
8分
7分
6分
5分
4分
3分
3
364.1
365.8
367.5
369.2
370.8
372.5
374.2
375.9
377.6
379.3
381.0
382.8
384.5
4
456.8
460.1
463.3
466.5
469.8
473.0
476.3
479.6
482.9
486.2
489.5
492.8
496.1
5
485.5
490.2
494.8
499.5
504.2
508.9
513.7
518.4
523.2
528.1
532.9
537.7
542.6
6
491.1
497.1
503.1
509.2
515.2
521.3
527.5
533.7
539.9
546.2
552.5
558.8
565.2
7
486.5
493.7
501.0
508.3
515.8
523.2
530.7
538.3
545.9
553.5
561.2
569.0
576.9
8
 
485.2
493.7
502.3
510.9
519.7
528.4
537.4
546.3
555.3
564.4
573.6
582.8
9
 
 
483.5
493.3
503.1
513.1
523.2
533.2
543.5
553.9
564.3
574.9
585.6
10
 
 
 
481.4
493.6
504.8
516.0
527.5
539.0
550.6
562.4
574.3
586.3
11
 
 
 
 
482.9
495.2
507.7
520.3
533.1
546.0
559.1
572.4
585.8
12
 
 
 
 
 
485.1
498.8
512.5
526.5
540.8
555.0
569.6
584.4
穴を掘る時間に拠るが、7角形ぐらいが一番効率がよさそうだ。ただ、7角形に曲がるのはかなり難しい。
曲がり易さを考えれば、穴掘りに時間がかかる人は60度曲がる6角形、穴を早く掘れる人は45度曲がる8角形が良いだろう。
因みに、山手線は周囲約34キロ、内側の面積が約63平方キロだから、どちらにしろ獲得できる面積はとてつもなく広い。
頑張れば淡路島(約590平方キロ)ぐらいの土地を貰える。これだけの土地を個人で持っている日本人はいないはずだ。

ところで、貰える土地は目印の穴を結んだ内側、という点も、少し考えどころだと思う。
その場所に到達した、という証明の穴を掘らなければ、
その途中は真直ぐでも、ジグザグでも、どう歩いても、その2点間は直線で結ばれる。つまり、こういう事だ。
exp1exp2
(左図)なるべく広い土地を得ようと丸く(黒線)歩いたが、2ヶ所しか穴を掘らなかったので貰える土地は赤い三角形の内部だけ。
(右図)そんなに広い土地はいらないよ、と狭く歩いたが、歩いて囲んだ面積の2倍以上の土地を貰える。
(実際に歩いて囲んだ面積を最小(ゼロ)にして、各頂点を直線で結んだ面積を最大にする、という問題は面白そうだ。)→ 派生問題

また、いくら時間と距離を正確に測っていても、日没きっかりに出発点に戻ってくる、というのは難しい。
パホームのような失敗をしないためにも、少し余裕を持ってせめて10分ぐらい前には戻りたい、と思うのが普通だろう。
だが戻った後、日没までぼーっとしてるのも、欲張り人間にとってはもったいない話だ。
この短い時間を何とか有効に利用できないだろうか、と考えた。
例えば、穴を掘る時間が7分の場合、8角形で歩いて日没10分前に戻れば、あと一つだけ穴を掘れるし、しかも3分余る。
この3分を無駄にしたくない。(どれだけ欲張りなんだ)
ロシア語の原文を読んでないので確かな事は言えないが、条件は 「日没までに出発点に帰ってくること」 となっている。
一端帰った後でその場を離れてはいけない(日没時に出発点に居なければならない)とは書いていないし、
帰ってきた後に穴を掘ってはいけない、という訳でもなさそうだ。そこで、こんな方法を考えた。
(下図、8角形で土地を取った場合の出発点近くの図を示す。)

    exp3
日没10分前に出発点に帰った後(これで先の条件はクリア、図のピンクの部分は自分の土地として確保済み)
そこから外に向かって3分歩き、最後の穴を掘る。
すると、掘った穴を直線で結ぶわけだから、濃い赤の部分がさらに手に入るのではないだろうか?
歩く時間が10分少ないので、この8角形の面積は 533,602,307 平方メートル。
この8角形の一辺は 10,512 メートルなので、赤い部分の面積は 2,913,685 平方メートル。
合計 536,515,992 平方メートルとなった。日没ぴったりに戻ってくるよりは少なくなったが、
リスクを考えるとこれは結構いい方法だと思うが、最後の部分は囲んで歩いたのではないからルール違反の可能性が高い。
ただ、途中どう歩いたかはチェックされないと思うので、目印の穴があるのだからこの内側は俺のものだ、と言い張れそうにも思う。
狡い方法だと承知のうえで、私が考えた攻略法は次の通り。
まず、土地をリサーチし、どのあたりを歩くかを検討する。もちろん、日の出と日没の時間も調べる。
自分がどのくらいの速さで歩けるか、また、何分で穴を掘れるかをあらかじめ確認し、何角形で歩けば良いかを計算する。
当日は、計算に従って正確に歩き、曲がり角で目印の穴を掘り、正確に曲がる。
(さらっと書いたけれど、これが一番の難関。簡単な測量技術は習っておくべきだろう。今ならGPS機器が必須かな。)
日没の少し前には確実に帰り着き、余った時間から穴を掘る時間を引いた分だけ外に向かって歩いて最後の穴を掘り、
この穴の内側は俺の土地だ、と言い張る。そこまでして広い土地が欲しいのか、と思われるだろうな。

先に、私なら前もって下見もするし、できるだけ丸く歩く、と書いた。だが、こんなに広い土地はいらないし、計算しながら歩くのも大変だ。
一時間ほど四角形にぶらぶらと歩く程度でも京都御苑(周囲は約4キロ)ぐらいの土地が貰える。それで十分だと思う。

(2022.07.07 記)